「ロン」

牌が倒される。
役はリーチのみ。

「裏は…」

裏ドラを捲る。

「乗りました…リーチドラ3、満貫です」

「そ、そんなぁ…」

麻雀とは運が大部分を支配するものである。
目には見えない力に左右され大きな変貌を遂げることは数知れない。
猫が虎になるように、それは虎視眈々と機を伺っているのだ。

「こ、これはさすがに通るでしょ…」

15巡目。対面テンパイ。
一索を落とす。

「指原さん、あなたは本当に地方組の恥ですよ」

「えぇ!?」

「ロン!リーチ三暗刻ドラ3!!!」

裏ドラを捲る。
指原の頬を伝う汗が卓に零れ落ちるのと共に牌が叩きつけられた。

「乗りました、リーチ三暗刻ドラ6…倍満です」

「う、う、うわああああああああああああ!!!」

指原の悲鳴が闇夜にこだました。












戸賀崎の代打ちで挑んだ秋元たちとの一局。
それを終え数日経ったある日の出来事。

「本当にすまなかったな」

戸賀崎が恐持ての顔に見合ぬ低姿勢で話す。

「もういいですって戸賀崎さん、やめてくださいよ」

「いやいや、感謝してもしきれない」

二人が楽屋に入る。
そこには四人のメンバーが一つの机を囲んでいた。

「ローン!」

「うそー?!」

「これ高いんじゃないの?」

楽しげな声が部屋に響く。

「みんな楽しそうですね」

「あぁ、北原のおかげだ」

「わたしは何も」

「北原があの一戦で勝ってくれたおかげで、こうして自動卓を買ってもらえたんだからな」

AKBには今、空前の麻雀ブームが到来していた。
北原が勝利したことにより手に入れた自動卓は今や席の取り合いになるほどの人気だった。

「いいのか?やらなくて」

「はい、わたしはもう麻雀は辞めると決めましたから」

北原の表情が曇る。
その顔は強い決心を窺えた。

「それじゃぁ…」

戸賀崎に一礼しメイク室へと向かう。
戸賀崎の深々としたお辞儀を背中に感じながら扉を開いた。





「もう麻雀は…」

椅子に腰かけると小さく呟いた。
先ほど見せた顔と同じ悲しげな瞳。
あの日の記憶がまた甦る。





『おまえの力が及ばぬばかりに』

『待って!』

奇妙なほど静寂に包まれた空間に北原の叫びが響く。

『わたしのせいで負けたの!命ならわたしの命を!』

『ふっ…おまえの命など取るにたりん』

腕を上げ合図を送る。
すると回りを取り囲んでいた黒服の男たちが動く。
北原の隣に座る少女の手を掴む。

『来い』

抵抗することなく立ち上がったその少女は北原見つめ囁いた。

『里英、強くなれよ』

それだけ言った。
優しく柔らかな笑みで。
人はあんなにも天使のような表情ができるのだと初めて知った。

『ああああああああああああああああああ!!!』











「はっ…」

我に戻る。
いつものことだった。
あの日の記憶を思い返せば後悔と悪夢しかないから。
忘れることなど到底できない。

「北原!」

扉が勢いよく開き戸賀崎が大声で呼んだ。

「どうしたんですか?!」

「こっちに来てくれ!」

戸賀崎に言われるがまま着いていく。
そこには麻雀卓に力なく項垂れる指原の姿があった。

「さっしーどうしたの?!」

「指原はクズ、指原はボンクラ、指原はヘタレ…」

一人言を呟きながらひたすら牌を積んでいる。
北原の声も届かずまるで歯車の食いたがったブリキ人形のようだった。

「さっきからずっとこの調子なんだ…」

「一体何が?」

その時、楽屋の扉が開く。

「あ~ら、ご機嫌ようボンクラ莉乃ちゃん」

「何度やっても無駄!莉乃ちゃんじゃ勝てないんだから」

声高らかに指原を見下ろしていたのは小森美果と大家志津香だった。




.