「優子ちゃん…お願い…押して…」

泣くなよ、麻友。
あんたがよくわかってるじゃないか。
大事なのは自分だってこと。
誰もが自分が一番可愛いってこと。

「大島さん!お願いします!麻友を…麻友を助けて!」

おいおい。
柏木、おまえはまだそんな上っ面なこと言ってるのか。
そんなに真面目だから腹黒とか言われるんだよ。

「優子ちゃん…」

「大島さん!」

なんだよ二人共。
そういう台本だろ?
顔も名前も知らないどこかの誰かがわたしたちのあわてふためく姿見て楽しんでるんだ。
それなら演じればいいじゃないか。
どうしてわざわざ危険を冒しにいかなければいかない?
本当に撃たれようが虚言だろうが関係ない。
助かればそれでいい。

そうだろ?麻友。
あんたもこっちの立場ならそうするだろ?
押せないだろ?ボタンなんて。

どうして泣いてるんだよ柏木。
おまえは泣く必要なんてないだろ。
わたしが押さないことで危険を回避できるんだ。
おまえは笑えよ。なあ?笑えよ。











渡された鍵を差し込む。
驚くほど容易にそれは回り扉の施錠が外れる音がした。

「開いた…」

扉を開け中に入る。
扉が閉まる表札には『前田』と書かれていた。

「ふーん…意外に綺麗にしてるんだ」

部屋の中は無駄なものがなく一つ一つ綺麗に整頓されている。
地味というのかシンプルというのか。
本当に何もない住むための場所。

「あっちゃん…」

大島は真っ白な壁を見つめた。
秋元の言ったとおり前田は動き出した。
計画を実現させる仲間として選ばれた。
それが偶然なのか必然なのかはわからない。
ただ前田は本気だった。
本気でAKBを変えようとしていた。
一から、大人の手の染まっていないAKBに。

「でもさ、だめだよそれは…」

静かにしかし力強く言った。
その瞳に光はなく闇に照らされていた。

「ああああああああああああああああああああああああああああああ」

悲鳴のような奇声のような歪な声を発する。

「ハハハハハ!ハハハハハ!」

それと共に暴れだし部屋にあるありとあらゆる物を薙ぎはらっていく。

「ハハッ!ハハハハハハハハ!」

割れたガラスは床に散らばり、置かれた家具は破れ羽毛が舞う。

「アアアアアアアアアアアアアアア!!!」

壊し、壊し、壊す。
目に映るもの全てを壊していく。
その姿はまるで彼女自身が壊れたマリオネットのように見えた。





「はぁ…はぁ…」

額には汗が滲み肩で息をする。
部屋は先ほどとは比べることもできないほど荒れ、原型は留めていなかった。

スプレーを使い壁に吹きかける。

『最後ノ忠告ダ、計画ヲ中止シロ』

空になったスプレー缶を床に捨て懐に手を伸ばす。
銃弾を取り出すと同じように床へと転がした。

「わたしは殺すよ、あっちゃん」











これでよかった。
これでいいんだ。

「大島さん!」

わたしはやりきった。
演じきったの。
女優になることが夢だから。

「優子ちゃん…」

今度は月9で主演して、視聴率50%とかいっちゃったりして。
日本を代表する女優になったら次はハリウッド。
そこまでいけばレッドカーペットだって夢じゃない。
あぁ、楽しみだな。

『優子』

そうだな、英語も話せないと。

『わかってるよ、優子』

うーんと…やらなきゃいけないことたくさんあるな。

『優子が一番よくわかってるから』

どうしてだろう。
どうしてだろう。
どうしてあっちゃんの声が聞こえてくるんだろう。

『ありがとう、優子』

どうして。
どうして。








どうして涙が止まらないのだろう。



【残り 5分】