「おまえの夢は何だったか?」

「アイドルです」

「もう叶ってしまったじゃないか」

「勘違いしないでください、わたしの夢はアイドルです」

「……………なるほどな」

秋元は小さく笑みを浮かべた。
心の内を見抜くような真っ直ぐな瞳。
彼と対面するとまるで蛇の牙が喉元に突きつけられたような気持ちになる。

「あの頃から変わったな…否、変わらず変わったと言ったほうが正しいか」

一人言のように呟く。
それは目の前に座る少女には聞こえない。

「アイドル…か」

「はい、わたしはアイドルです」

「永遠などこの世にはないぞ?」

「わたしがそれになりますよ」

迷いなく発する。
永遠、それは誰もが夢見決して辿り着けないもの。
もしもそれが手にできるのだとすれば変わることのない、変わってはいけないアイドルだけであろう。
しかしそれは決して手にしてはいけない。
なぜならばそれを手にするということは禁忌に触れるということだからだ。
人間の踏み込んでいい領域を越えること。
理も事象も法則も全てを越えること。

「もし目の前に壁があったら?」

「潰します」

「逆に飲み込まれるかもしれない」

「腹の内側から喰い破ります」

「手放す覚悟はあるのか?全てを」

「はい」

得るためには捨てなければいけない。
それは必然であり絶対。
大きければ大きいだけ失うものは大きい。

「そうか、なら頼んだぞ」

精神や理念は数えきれぬほど溢れている。
各々がその道の先を目指して奔走する。
しかしそのほとんどが道半ばで生き倒れる。
ただごく稀に大義名分を全うする者がいる。

「それでは失礼します」

「……………渡辺」

しかし気をつけなければいけない。
険しい道を歩めば歩むほど障害は大きい。
その過程において気づかぬうちに道を誤ることがあるからだ。

「自分の信念を貫けよ」

渡辺は微笑みを浮かべ再び扉に振り返る。
静かにドアノブを回すと部屋を後にした。











「偶然というのはあるんだな」

窓ガラスから外の景色を眺めながら秋元は呟いた。
そこから見える景色は東京を一望できる。
高層ビルが全て真下に映る。

「大島に渡辺…彼女たちは本当におもしろい」

怪しく口元を歪ませる。
その腹の内はわからない。
ただどす黒い混沌を秘めていることはわかる。

「大義のためなら命も犠牲もいとわない…か」

陽の落ちた暗闇はまるで自分の心を見ているようだった。
どこまでも黒く狡く。
使えるものは搾り取る。
そんな人生が秋元康という人格を染めていた。

恐ろしくなる。
深淵の見えない闇に。
自分がわからない。
何が本心で何が嘘なのかも。
ただ己の信念を貫くために。

「こうして見れば奇跡だろう

こんな小さな島国に、しかもとあるアイドルグループの中に

夢を求める二人の若き魂

そして相反する精神

わたしの夢を叶えるために集まったのか

わたしの夢を阻むために集まったのか」

大島、渡辺、そして前田の顔が浮かぶ。
窓ガラスから視線を外し椅子を回転させ向き直る。

「おまえはどっちだ、柏木」

秋元が向き直った先、扉にもたれ掛かるように柏木が立っていた。











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