深い闇に包まれる都会の夜。
明かりは全て消え街灯の光が点々と輝く。
それはまるでキャンディーのように綺麗に童心を思い出させてくれた。

変わってしまったのはわたしなのかな…

帰路に着く車の中、体を揺らしながら前田はふと思った。
人は生きていく中で変わっていく。
それは良くも悪くもである。
自分ははたしてどちらなのか。
進もうとしている道は正しいのか間違いなのか。
しかしもうどちらにしろ後戻りはできない。
後戻りはしないと決めた。

「着いたぞ、前田」

マネージャーに起こされる。
気がつくとそこは家の前だった。

「あ…すいません、ありがとうございました」

車を降りエントランスに入る。
オートロックの自動ドアを暗証番号を入力し開ける。
エレベーターに乗り部屋の階へと向かう。
扉が開き突き当たりを右に曲がり、3つ目の部屋。
前田がたどり着く。
鍵を挿し込み部屋へと扉を開けた。

「はー…今日も疲れ…」

彼女は言葉を失った。
形容ではなく本当に目が丸くなり驚きの色を隠せない。
それは荒らされた部屋にではない。
傷だらけになった家具や壁を見たからでもない。
彼女を凍りつかせたものそれは真っ白な壁に刻み込まれた文字。
まるで血のような紅は危険を察知させるには充分すぎるほどだった。
そしてそれは一瞬にして彼女の心に植えつけられた。


計画ヲ中止シロサモナクバ不幸ガフリカカル












「おはよー」

いつもと何ら変わらないメンバーの声。
しかし前田の心は穏やかではなかった。

荒らされた自宅。
普通ならばマネージャーや事務所に相談しなければいけない。
しかしそれをするわけにはいかなかった。
もしそんなことをすれば『計画』がバレてしまう。
それだけはできない、チャンスは何度も巡ってはこない。

「あっちゃんどうかした?」

考え込んでしまっていると高橋に声を掛けられた。

「ううん…なんでもない、ちょっと寝てないだけ」

咄嗟に白を切る。
しかしそれはあながち嘘ではなかった。
本当に一睡もしていない。
事件が起こったのはつい昨晩のことだ。
いくら覚悟を決めているといってもまだ二十歳の大人になろうとしている途中。
否、大人であろうと心身共に穏やかでいれるはずがない。
人間として動揺を隠せないのは仕方のないことだ。

「そっか仕事忙しいもんね、健康には気をつけなよ」

高橋が笑みを浮かべて言った。
その優しい微笑みに前田は少し癒された。

自分も忙しいはずなのに人の心配ができる。
そこまで気を使うことができる。
それが高橋の最大の特徴であり魅力だ。

「あ、ちょっと行かなきゃ…また後でね」

「うん」

高橋が走り去っていく。
その背中を見送りながら前田はどこか切なく悲しくなった。

高橋は5年近くの親友であり戦友だ。
どんなことでも知っているし知られている。
だからこそ心のどこかで疑ってしまった。
まさか彼女が犯人なのではないのかと。
決して犯人がメンバーに決まったわけでも可能性があるわけでもない。
ただ女の勘がそう告げていた。

「何考えてんだろ…」

人を疑う。
それは虚しいことだ。
しかも仲間を疑うことは尚更である。

「変わったちゃったのはわたしなのかな…」

心にかかった霧。
それはかつての思い出すらも見えなくする。
覗きこむように前田は呟いた。