目が覚めた。
そこには真っ白な天井があった。

「あっ、先生!目を覚ましました!」

耳元でつんざく声を不快に思いながら辺りを見回した。

「よかった~杏奈が最後だよ~」

枕元で永尾が涙を浮かべている。
彼女から聞いた話によるとAKB全員でのPV撮影の移動中にバスが事故にあったのだという。
死者がでなかったのが幸いだ。

「どこか痛くない?」

「ん~ちょっと頭が痛いかな」

何も思い出せない。
思いだそうとすれば頭痛に阻まれる。
いつからの記憶が思い出せないのかもわからない。

「ちょっと風浴びてくる」

もやもやする霧を晴らすように扉を開けた。











「なんか不思議だよね」

「うん、誰も覚えてないんだもん」

ガチャッ

屋上の扉を開けた。
そこには大島優子と篠田麻里子がベンチに腰かけていた。
彼女たちもつい先日まで眠っていたのだという。

「お、森ちゃん」

「こっちおいでよ」

誘われるままになぜか2人の間に座った。

「森ちゃんもなんかもやもやするんでしょ?」

「は、はい…」

「確かにね、すっきりしないところはある
でもみんな無事でよかったじゃん?」

「はい!」

それから3人でいろいろ話をした。
もやもやが消えるほど楽しい時間だった。
普段からそれほど親しくはない。
それなのになぜかこの2人といると落ち着く。
まるで一緒に苦難をくぐり抜けてきたかのように。

「チーム4がんばってね」

気がつけば陽が沈みかけていた。
篠田の言ったそれに軽く会釈した。
そして夕陽を背にし静かにその場を後にした。





病室に帰り際、前田敦子とすれ違った。
立ち止まり頭を下げた。

「大変だったね」

その言葉の意味があまりわからなかった。
記憶が定かではないからだ。

「もしかして前田さん覚えてるんですか?!」

その問いに彼女は曖昧に返した。
何かを腹に抱えたような瞳をしていた。
そして立ち去り際、彼女は言った。

「よくがんばったね」

その一言にわたしの決心はついた。
なぜか心に決めていた思いを。





翌日、森は秋元の元へと向かった。
するとそこには大場の姿もあった。

そうか・・・彼女も

2人は一緒に扉をノックした。











春になると桜が咲き、散れば潮の匂いが漂いだす。
肌寒くなったころには景色が真っ赤に彩られ、深々と白い天使が降り注ぐ。
季節は何度も廻る。
終わることなく止まることなく狂うことなく。
昨日があって今日があり明日がやってくる。

「はぁ~やめちゃったな~」

八期の思いを捨てられなかった。
公には辞退という形になるだろう。
それでもかまわない。
ただ自分にけじめがつけたかっただけ。

「どうする?これから」

同時期に2人の辞退はおかしいとの判断で大場は謹慎となった。
しかし彼女も時期に辞退するのであろう。

「これからか…んーどうしよ」

時間は誰にも平等に過ぎ去っていく。
けれどもその道のりは人それぞれである。
辛いこと楽しいこと悲しいこと。
たくさんの過程を辿ることだろう。
そんなとき側にいるのは仲間だ。
苦しみをわけあえるのも嬉しさをわけあえるのも仲間だけだ。

「まだまだこれからが旅のはじまりかな」

2人の表情は頭上に広がる真っ青な空のように晴れ渡っていた。

























これはAKB48がすこしだけ成長する物語。
記憶にない記憶はそれぞれの新たな道を示してくれるだろう。
誰も皆、旅の途中。
そんなほんのわずかに奇妙なだけのお話。

彼女たちの長い長い夏休みは終わった。



【第一部・完】