「さっしー、どいて」

北原は高橋から守るため立ち上がる。
しかしその足取りは覚束ない。

「もういいよ」

指原が呟く。

「もう充分だよ…よくやったよ…」

「なにいってるの?…わたしならまだ大丈夫だよ」

指原は優しく北原を抱き締める。
涙は流さない。
強くならなければいけない。
そう決めたはずなのに次から次へと頬を伝う。

「もぅ…ムリだよぉ…」

泣き虫でもいいだろう。
へたれでもいいだろう。
あの日から変わらないただそれだけで。

「・・・うぅ・・・・・さっしーが泣くから・・・つられちゃったじゃん」

北原も泣き崩れる。
体を覆っていた硬化が解ける。

2人が重ねてきた時間。
いつも同じ道を歩んできた。
苦しいときも楽しいときも全てを分かち合ってきた。
きっとそれはこれからも。
きっと十年後もこうしていられると。

「ありがとう」











高橋の魔の手が2人を葬った。











『ベット締め切ります』

屍を越えた。
小嶋も峯岸も指原も北原も。
その先に確かなものがあるのかわからない。
ただ何かを求めて進んだ。

『ルーレットは全て不正解です』

得るものが大きい。
ならば失うものも大きい。
捨てた、全てを捨てた。
もしも捨てきることができないとするならば彼女たちの想いだろう。
彼女たちの積み上げた奇蹟だろう。

『それではルーレット終了です』

今にもはち切れそうなほど膨らんだ白い物体が一気にしぼむ。
まるでそれを吐き出すために溜めたかのように。

ピカッ

それは眩い光。
美しさすら感じる真っ白な世界に一瞬で染まる。
高橋の体もまたそれに包まれた。











ドオオオオオオオオオォォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!











秋葉原の地にまるで爆弾が落とされたかのような地響きと轟音がこだまする。
その場には全てがなくなった。
ありとあらゆるものが消え去った。
あるのは大きく抉られたコンクリートの地面。

やがて煙が晴れる。
何もいない、誰もいない。
確かに、この段階では。

「もしあとすこし遅ければ全部持っていかれていたか」

高橋の存在が現れる。
しかしその体は火傷を負い特に左手は真っ黒に焦げきっていた。

「あとすこし…あとすこしで…」

ドンッ!

高橋の胸から血が噴き出す。
口からも吐血した。

「ぐふっ・・・あぁ・・・あぁ・・・あ・・・」

今にもはち切れそうな命の糸。
高橋はそれを必死にしがみつく。
満身創痍、ただそれだけで。

「・・・・・麻里子」

目の前で銃口を向ける。
恐ろしいほどの冷徹な顔。

「めんどくさい能力のやつもいたけどよく倒してくれたよ、たかみな」

不敵に笑みを浮かべる。

「ありがとうお疲れさま、あとはわたしに任せて」

篠田が高橋の顔に手を添える。
高橋はもう抵抗することはおろか指先一つ動かす力も残ってはいなかった。



リーダーだから。
いつもそうやって言い聞かせてきた。
みんなとは一線挟んで客観的に感じていなければいけない。
時にはあっちゃんみたいにセンターに立ちたい。
時にはともちんのようにソロで歌いたい。
もっともっとわがままにもっともっと自分を見てほしかった。
AKB48のリーダー、高橋みなみではなく。
一人のアイドル、高橋みなみとして。



やりたいことやっているか?



そう問うたのは誰の気持ちでもなく自分の気持ち。
AKBを思えば思うほどわたしはなくなっていく。
そしていつしかわたしでもわたしを見つけられなくなっていた。

先ほどの真っ白な景色とは対照的に視界が真っ黒に沈んでいく。
何も得られず全てを失った。
何が残ったのかもわからない。
ただその思いは暗黒の闇の中へと消えた。





わたしは誰?