【SF小説】Psy-borg

〜飾り窓の出来事〜⑦

 

初めての方へ

わたしが創作小説のテーマにしている「Psy-borg」シリーズの新作をお届けします。

2017年夏に渋谷の画廊で行われたラブドールメーカー「オリエント工業(株)」展示会を見て思いついた作品です。その時に撮った写真を掲載しつつお送りしていこうと思います。極力性描写は控えておりますが、ストーリーの関係上そういう場面もございますので、その点はご留意ください。

 

 

「よりによって2人とも遅れるってどういうことなんだよ」

 

俺は行き場のない怒りを呟きながら、待合室の清掃をする。

シフトでは今日、レイジとジュンイチが入る予定だった。

 

かたや国宝級の無口

かたや止まらないおしゃべり

 

いずれにせよ、1番合わない2人だ。

いつもより倍は疲れる。できればシフトで2人を一緒にしたくない。

 

しかしそれとこれとは話は別だ。

 

朝起きたらメールで連絡があった。

 

かたや「1時間遅れます」としか書いてない

 

かたや延々と昨日飲みに行っただ、彼女と別れただ、飯を食いすぎた酒を飲みすぎたと近況をつらね「今起きました、ダッシュでいきます」と書いてある。

そんなことをメールに書く暇があったら間に合うようにどうにかしろ。

 

プレイルーム内は前日に細かな清掃と点検は終えてある。本来なら出社してから予約状況やレジ金額の確認をしなければならないが、その前に奴らがやるべきだった待合室の掃除をしなければならない。

 

いつもより早めの出社

もちろん手当なんぞ出はしない。

 

床にモップをかけ、雑誌を整理し、テーブルを拭いて客を出迎える準備をする。

 

ショーケースの電源は開店直前に点ける。

 

視線を落とし、少し憂い顔で、

微かに笑みをたたえた 

飾り窓の処女たち

彼女たちは何も言わずに

今日もそこに静かに佇む

 

人気者の「ルナ」は今日もセンターを陣取っている。

つい後ろに隠したい衝動にかられる

 

俺はショーケースの鍵を外し、ガラス戸を開けた。

 

俺の目の前に「ルナ」が座っている。

視線が合うように俺は身を屈ませて、彼女を見上げた。

 

 

美しく妖艶なルナ

プレイルームの彼女の姉妹とは違う

飾り窓に並ぶ他の者たちとも違う

 

俺はそこに神聖な雰囲気を感じている

 

侵すべからざるもの

しかしその唇は誰よりも

執拗に愛を求める娼婦のように

紅くふくよかだ。

 

神聖なる処女娼婦である彼女に

接吻をするなど

神が許してはくれないだろう

 

しかし、

どうしようもない罪深き我が身の欲望と

耽美なる背徳感が襲ってくる

 

俺は気がつくと彼女の唇に、そっと自分の唇を重ね合わせていた。

 

唇の戯れ 見つめ合う瞳

とざされた時間の中で 

許されない秘め事

求められて、からみ合わせる舌の遊戯

温もり

 

 

俺は我に帰りそこから飛び退くと、懸命になって自分の唇を拭いた。

 

忘れ得ぬ柔らかな感触、

温もりをたたえたその唇

蠢きもつれる舌先

 

そんなはずはない

あれはただの「人形」なんだ。生き物のように舌先を動かすはずはない。

なぜ俺はこんなことをしてしまったのだろうか?

(ルナが誘ってきた?)

言い知れぬ恐怖が俺を襲ってきた。

 

「オツカレーっす」


裏口からジュンイチがいつものように挨拶をしながら入ってきた。

俺はその声をどこか遠くから聞こえてくる耳鳴りのように感じながら、俺はただ呆然としてその場に立ちすくんでいた。 

 

「どーしたんすか?店長。顔青いっすよ」

 

ジュンイチの方を振り返ると、俺は何も言えず、ただやつの顔を見つめていた。

 

「体調悪いようだったら、真壁さんに連絡しますか?」

真壁とはこの界隈にいくつもの店を持っているこの店のオーナーだ。

「いや、いい」

俺はそういうと、モップをジュンイチに手渡して、スタッフルームへと入っていった。

 

「お疲れ様です」

部屋では、すでにレイジが着替えをしていた。

俺は弱々しく「おう」とだけ言うと机に座り、パソコンの電源を入れた。

 

あの時、ルナは愛おしそうに目を細め、俺を見つめていなかったか?

今にもその手を首に回し俺を抱きしめようとしなかったか?

俺からの接吻を待ち望んではいなかったか?

 

計算表を立ち上げ、ぼんやりと画面を眺める。出納帳の数字の羅列が視界をさまよい、

いつか見たサイバーパンクSFのワンシーンのように、せわしく明滅しながら数字が流れていく錯覚を覚えた。

 

「なんか、幽霊にでもあった顔してますね」

 

レイジが鏡を見て身なりを整えながらボソリと言うと、俺は我に帰りマウスを動かした。

 

「人形でも動き出しましたか?」

 

俺は驚いて彼の方を振り向いて問いかけた。

「お前、何か知ってるのか?」

「なんのことです?」

レイジは怪訝そうにこちらを見つめるとそう応える。

「いや、なんでもない

レイジはフンっと鼻で笑うと、そのまま部屋を出ていった。

 

疲れているのだ。一瞬の気の迷いでちょっとボーとしただけだ。あれはただの錯覚だ。

ルナから誘ってきたなど、人形に魂が入り込むなんてありっこない。

それにラブドールにキスをしたからってなんだと言うんだ。ちょっとしたイタズラじゃないか。拝借して遊具にしたわけではない

 

いくらそう言い聞かせでも、俺の心の中は聖処女を犯してしまったと言う背徳感が包み込み、気持ちが晴れることはなかった。

 

 

 

 

行為後のむせるような生臭さは、いつまでたっても慣れることがない。

ましてやここには男の欲望しかよどんでいないのだ。

 

レイジはマスクをして、顔をしかめながら「娘たち」の洗浄を行う。

飛び散ったローションを洗い流し、付着した精子を拭い取る。

 

洗い終わったら容赦なく消毒液を吹きかけ、送風機で乾かすと、スキンパウダーを丁寧に隙間なくつけていく。

 

服を着させて、中央の椅子に座らせるとポーズを取らせた。

 

「まったく月島氏はとんでもないものを残してくれたよ」

 

彼はそう呟いてニヤリと笑い、そこに佇む「彼女」の首に手を回すと、顔をそのうなじに埋めるようにして抱き寄せた。

 

首の裏に付いているマイクロチップの取り出し口。誰にもそれはわかりようがない。

 

「擬似感覚神経ね。彼ももうちょっと親父らしい商売気質があれば、今頃研究者として大成していただろうにな」

 

丁寧に首筋からマイクロチップを取り出す。

 

かつての共同経営者月島孝二は義肢に特殊なファイバーを通し、微弱な電気信号に変えてそれを脳に伝達し、義肢をモノから肉体に変えようと研究を重ねていた。

 

しかし、結局志半ばで晋一郎氏と袂を分かつこととなり、レイジの母方である砂倉財閥からの援助を得られなくなったため研究を断念せざるを得なかった。

 

「何しろ爺様は金があり余ってたからな」

 

そう言って用意した新しいマイクロチップを挿入する。

 

その特殊ファイバーは、人間の筋繊維に近い伸縮性を生み出すことができるという副産物を生み出し、すでに大量発注されていたそれを人形に埋め込むことで、より人に近い肌感覚を生み出すことができた。

 

「それに目つけて、ラブドールを作ろうなんて、親父も大したもんさ」

 

元は擬似感覚神経として研究開発され大量発注された特殊ファイバーは今はただの材料として工場に転がっている。

(俺がうまく使ってやるよ)

レイジは体を離し、ニヤリと人形を見下ろした。

 

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この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません

 

 

オリジナル小説 

Psy-Borgシリーズ

※Psy-Borg プロトタイプ

精神感応義体

※イサイマサシコラボ小説「頭の中の映画館」

終末の果実

※Psy-Borg意識の発端の物語

飾り窓の出来事

※アンドロイドと人工知能の錯綜

ORGANOIDよ歩行は快適か

※過去と魂の道程の物語

邂逅

※人工知能は世界平和の夢を見るか?

錯乱の扉

※神との遭遇のお話し

静寂

 

Psy-Borg 参考文献 レビューはこちらから

 

自己紹介「そろそろ自分のことを話そうか」

 

 

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