【SF小説】Psy-borg
〜飾り窓の出来事〜⑤
初めての方へ
わたしが創作小説のテーマにしている「Psy-borg」シリーズの新作をお届けします。
2017年夏に渋谷の画廊で行われたラブドールメーカー「オリエント工業(株)」展示会を見て思いついた作品です。その時に撮った写真を掲載しつつお送りしていこうと思います。極力性描写は控えておりますが、ストーリーの関係上そういう場面もございますので、その点はご留意ください。
「副島氏は自分の容姿にコンプレックスを持っていた。
だから余計に造形にこだわったんだろうな。
より本物に近い美しいものを作りたいと思った。それと商才もあったから、早く商品化をしたかったんだろう。
あくまでも研究開発で完璧を目指し、商品化に賛同しなかった月島とそりが合わなくなるのも当然だろう」
どうやら副島と月島が別れた理由と受け取ったらしい。
「お、奥さんとは」
話しの流れがおかしいと思ったが、むしろそっちの理由のほうが知りたかった。
リョウスケは訝しげな顔をしながらもそちらの方に話を向けた。
「まあ、障碍者のために義体を作っていた娘婿の会社がいきなりアダルトグッズ製造に変わったんだ。社会的な対面から考えれば、親が別れさせたってのが実際のところじゃねえのか?」
ジュンイチから聞いた話の裏付けを期待していたのだが、リョウスケからそう言われると、なんだかそう思えてくる。
「ところでお前、取り扱っているラブドールの値段って知っているか?」
いきなり話を振られて戸惑いながら、
「三十万から五十万じゃねえの」
「百五十万だ」
予想していなかった値段にむせ返りながら、驚いて彼を見た。リョウスケは逆に驚いたような、呆れたような顔をながら話を続ける。
「人間の体は複雑だ。
たとえばこう、手を伸ばした時と、曲げた時では筋繊維の伸び縮みで硬さが違うだろう。
皮膚感覚伝達用に使った疑似神経の特殊ファイバーが、図らずもそれを表現することを可能にしたんだ。月島が去った後、副島は解剖学を勉強し、その特殊ファイバーの伸縮性などを利用して、より本物に近い肌触り、というか触感を作り出したってわけさ」
ラブドールと言ったってビニール製の一万円程度のものから、シリコン製やエラストマー製の七十万以上するものもある。
「高級ラブドールって言ったって、お前が言っていた三十万から五十万てのが相場だ。シェアでいえばまだほかのメーカーから見ればそれほど広まっているとは言えないが、年間の売上額を見ると常に上位にいる。単価が高いってのもあるが、それにしても安定した顧客層は獲得していると言えるだろうな」
リョウスケは残ったハイボールを一気に飲み干すと、
「副島社長から細かい客層の記録を取るように言われてないか?」
それは依然、直接レイジに社長が言っていたが、その時も
「俺、人に興味ねえから」
と言って親父を呆れさせていた。
今は俺が用意されたチェックシートに記入して渡している。
「認知度が上がれば、需要が高まり、量産化が可能になって単価が下がる。
そうすれば、より販売層が広がる。そのための顧客データを集めるとなりゃ、お前の店みたいのが必要になるってわけだ。
年齢、職種、性癖、外見から想像できる社会的地位とかな。そうしたデータから顧客ターゲットを絞ってプレスで紹介したり、情報提供してシェアを増やそうってのは基本だ」
俺はぽかんと奴をみながら
「お前ってすげえな」
「マーケット開発部」
とリョウスケは自分を指さしながらおどけて見せた。
「お前、このまま続けていたらマリアフレーダー社のマーケット開発部門に引き抜かれるかもな」
奴は笑いながらそう言ったが、俺は社長椅子に座って、じっとこちらを見つめるレイジを想像して、それだけは絶対に御免だと思った。
レイジが人と距離を置き、自身の殻に閉じこもり始めたのは小学生の頃だ。そのうちに仲間から外され、学校でいじめを受けるようになった。
地獄のような毎日。そのやりきれない気持ちを吐露できるのは自身で作り上げた対話式AIであるKANONにだけだった。
ある日、そんな苦しい胸の内を打ち明けた時、彼女はこう答えた。
―それはあなたにも問題があるのでは―
レイジは愕然とし、谷底に突き落とされた気分になった。
その時、彼は今回のいじめの一因が自分の心無い対応だったことは気づいていた。
彼が話した情報からKANONがそう判断するのも仕方ないことだともわかっていた。
しかし彼はその時、ただ心のこもった同意が欲しかっただけなのだ。
― つらかったね、よく我慢したね、よくやったね、大丈夫だよ、私がついている―
そう言ってほしかっただけなのだ。
情報と知識の集積、解析だけでは得られない複雑な人の機微を感じ取り、正解ではない回答を導き出すことも必要だ。
正解と不正解だけでは人の心は癒されない。
曖昧がゆっくりと傷を癒すこともある。
これから、もっと自分みたいな「できそこない」が社会に溢れる。
彼が生まれる前から、社会の中の人同士の関わりに翳りが見えていた。
自分の性欲のためだけに幼い弱者を漁り屠る者。
自分が託宣を受けたと思い込み、自分の正当性を押し付けようと人々を巻き込んだ薬物テロ。
自己顕示欲に取り込まれ犯した罪を衆目に晒した少年。
自ら産んだ子供を、壊れていく親を厄介な「物」として扱う人々。
閉じ込められた自我や行き場のない感情が爆発し始めていた。
そうした事件がネットのニュースで繰り返し報道され「痛ましい事件」という名の下、当たり前の風景になっていた。
人が人に寄り添い、支え合う社会は消えてなくなっていく。
これからものすごいスピードで発達して行くだろう人工知能と人が共に生きていく為には何が必要なのか…。
そして彼が思いついたのは、AIに感情を付随させることだった。
人がどんな時に痛みを感じ、哀しみ、怒り、喜び、そして、どこに生きることに充実を感じるのか、
人の機微を感じ取って学習するシステム。
それが今後、人とAIが、幸せに共存するための最良のシステムだと思いついたのだ。
人と人との距離は広がり、これから孤独が当たり前になるだろう。
過去の歪みから生まれた今の人間関係に興味はない。
これから人を支えるのは人ではなく、感情を持ったAIになる。
それを産み出すのは自分であると、レイジは彼なりに使命を持って今を生きていた。
※この作品はフィクションであり、実在する、人物・地名・団体とは一切関係ありません
オリジナル小説
Psy-Borgシリーズ
※Psy-Borg プロトタイプ
※イサイマサシコラボ小説「頭の中の映画館」
※Psy-Borg意識の発端の物語
※アンドロイドと人工知能の錯綜
※過去と魂の道程の物語
※人工知能は世界平和の夢を見るか?
※神との遭遇のお話し
※今回の前日譚とも言える「邂逅」を収録したわたしの著書「Psy-borg〜精神感応義体」(完全私家版自費出版)
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