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半藤氏は、昭和史の第一人者。佐藤氏は現代の知の巨人。内容は昭和史の日本の失敗を現代社会に活かすこと。来年末で平成が終わる見込みですが、「平成時代」の検証も出てくるでしょうけれど、果たして日本はあるいは日本人は昭和の時代を見つめてその失敗の歴史を本当に検証してその失敗を糧に、リーダーたちは正しい道を歩んでいるだろうか、ということを考えさせてくれる書。

 

書の内容はタイトル通り「21世紀の戦争論」ではなくて、昭和史を通じて現代社会の日本と日本人がどう生きていくかについての考察対談集に近いと思いました。

 

読書メモ↓

 

S戦後、日本は東西冷戦が激化し、日本は西側の一員となった。負け戦に対する総括が不十分なまま、あの戦争で活躍したエリートが戦後も日本の政治に表と裏の双方で影響を与え続けた。そのために日本に破滅をもたらした因子が温存されることになってしまった

 

S日本人は偉大だ。過去の過ちを繰り返すことはしない。ただし、そのためには過去の出来事を、そのプロセス含め知ることが重要

 

S戦後70年が経って、戦争が遠くなったのではなく、新たな戦争が近づいている

 

S玉砕や特攻といった精神力による戦争は、現代のわれわれも直面している問題として、きちんと検証し直さなくてはならない

 

H731部隊の秘密を握る人間が、GHQに協力したことで戦犯に指名されなかった。アメリカは細菌戦に関する情報を欲しがっていた

 

S兵器はつくると使いたくなるもの。今まで兵器で実戦に一度も使われたことのないのは水爆だけ

 

S昭和史の逆襲を受けないためにも、国民一人ひとりが改めて自国の歴史に向き合うことが求められている

 

Sノモンハン事件では、日本の組織についてたいへん参考になること、ロシア人がどういう発想をしてどういう行動をとるかがあらわれている

 

Hノモンハン事件は、ソ連と日本が真正面からぶつかった戦争だった

 

Hノモンハンの戦いでは、ソ連側の死傷者が日本のそれよりも多かったが、硫黄島の戦いでも同じ。残念ながら負け戦だった

 

Sノモンハン事件は日本軍にとって日露戦争以来の大戦争。この戦いで初めて近代戦を経験したといっていい。日露戦争以来34年間も日本陸軍は期待線を闘ったことがない軍隊だった。海軍は太平洋戦争まで近代戦の実戦経験がなかった。その間日本軍には官僚化が起きていた

 

H第二次世界大戦は満州から始まって満州で終わった(ビーヴァー)

 

Hノモンハンでは変動する国際情勢に対する無智が燦燦たる敗戦につながっていった

 

S日露戦争もシベリア出兵も、ノモンハンも歴史認識について日本とアメリカの関係ではカタがついている。しかし日本と中国とロシアの間では未だに歴史戦が続いている。ロシアがノモンハンの問題を持ち出さないのはモンゴルと日本の関係が良好だから

 

H昭和史をみていると、日本人は自分に都合のいいシナリオを考え、それと心中するというバカみたいなことをしてきた

 

H1945年2月のヤルタ会談でドイツ降伏後3ヵ月で対日参戦するとソ連はすでに米英と合意していた。日本は知らなかった

 

Hソ連は対独戦でアメリカから相当な援助物資を得ていた

 

H1945年5月にドイツが無条件降伏してソ連がドイツの息の根を止めることに成功した。英米はソ連の対日参戦に懐疑的になる。何よりもスターリンの野望に疑念を抱き始めた。そうなると日本と戦っているアメリカとしては、なんとかソ連参戦前に日本を降伏させたいという考え方に傾いていく。そこで浮上したのが原爆ではないか。スターリンとしては自分達が参戦する前に日本に降伏されては困るわけ

 

H日本の降伏にはアメリカとソ連という大きな力が働いていた。日本の指導者たちも軍部も思いが及ばなかった

 

Sポツダム会談での焦点は戦後のポーランド国境をどう策定するかということだった

 

S原爆を落とされた日本人はなめられていた

 

H日本の歴史をみれば、城主が最後の段階でみんな潔く降伏している。降服しない民族ではないと、アメリカ側は日本人の特性をよく研究していた

 

Hトルーマン回顧録によれば、原爆投下命令は7月24日とポツダム宣言前に出されていた

 

Sなので日本がポツダム宣言を受託しなかったから原爆を落とした、という説は当てはまらない

 

Hわれわれは8月15日で戦争が終わったと思いがちですが、実は9月2日の降伏文書調印まで国際的には戦争が終わったとはいえなかった

 

S日ソ中立条約を日本側が不可侵条約にしなかったのは、自分の判断で自衛のために戦争を行うことはあるという道を日本が残しておきたかったから

 

S小室直樹氏「日本は国際法を無視するけれども、ソ連は国際法を乱用する。だからソ連は国際法を順守しているという屁理屈を必ずつけてくる」

 

H「大東亜戦争」というのはイデオロギー臭の強い大構想だったが、緒戦の勝ちに驕った陸軍の誇大妄想。ソ連側は、初めからソ連侵略の野心があったではないか、中立条約の精神に反している、となる

 

H日清・日露戦争、第一次大戦とそれまでの日本の戦争はみんな国際法学者がついて行って戦争終結に関する交渉をしている。ところが、太平洋戦争ではどこにも(関東軍。南方軍総司令部)国際法学者はいなかった。国際法の専門家をちゃんと配備するという過去の教訓をまったく活かさなかった

 

Hシベリア抑留は、スターリンがアメリカとの日本占領に関するやりとりの末、アメリカに対する報復としてやったと思われるところがある

 

Hシベリア抑留では60万人以上が抑留され、6万人以上が収容所で亡くなった

 

H日本陸軍の弱点は米を炊いて火と煙が飛行機から見えてしまうこと

 

Sロシアの発想は、やられたらやり返す、やられた以上の屈辱を与えるということ

 

H対米開戦を決意した「ハルノート」のChinaからの撤兵に満州国が含まれていいるかそうでないかで米国は満州は含まれてなかったとく説があった

 

H勝海舟「忠義の士というものがあって、国をつぶすのだ」われわれは忠義とか国益という言葉に非常に弱い

 

H国家総僧院法とは国民の全権を国家に渡せというものだった

 

S安倍首相は「1億総活躍社会」は国家総動員法の精神が今も根強く残っている?一億人は守るけれど残りは切り捨てるという政治決断をしたとみてとれる

 

S戦争をしない軍隊というのは組織を維持するための内在的な論理がどんどん磨かれてくる。日本は日露戦争以来34年間本格的な戦争をしていなかった

 

H海軍は陸軍と違って組織の規模が小さい技術者集団であって、だから国家の骨幹になろうなんて考える者は少なかった

 

S成功体験の呪縛。海軍においては技術革新が戦術戦略を一変させるのにそれについていけなかった

 

H日本海軍は第一次大戦がもたらしたより重要な変化からついに学べなかった。エネルギーの石炭→石油、戦艦→航空機や潜水艦など大量生産大量納入する兵器の時代に

 

S日本海軍は、日露戦争以外本格的にあ戦争をしていないこともあるが、手痛い敗戦の経験がなかったこと。アジアでは敵なしだったから反省する契機もなかった。人間勝利からは学べない

 

Hアメリカは真珠湾で主力艦を失って、艦隊決戦なんかできなくなった。そこで航空母艦を使う他に戦法はなかった。というのが本当のところ

 

H日本人の精神構造があまり旧軍から離れていない

 

H戦前の日本には強烈な軍国主義があったが、強大な軍事力があったということではない

 

 

 

S「レイテ戦記」は戦争とはこういうものなんだと思い知らされる作品

 

H歴史修正主義というよりも、歴史を知らないだけ。知らないものは修正のしようもない

 

 

 

H人間というのは、結局愚かな行為を、全力を尽くしてやるものだという感想を抱く

 

H沖縄の人の正直な感想は、住民無視の作戦をとらなければ3か月近い激戦をしなくて済んだというもの

 

H特攻隊として亡くなった人は5139人がほぼ総数。大和特攻の戦死者は4037人。特攻の死者全部を合わせた数に匹敵する戦死者が大和の出撃で出ている

 

 

H戦中の庶民生活がよくわかる。戦時下の日本人がいかに清貧でなかったかもよくわかる

 

H日露戦争は日本帝国の勝利だったが、その実はこれ以上の継線は望めない惨勝という状況でのやむなき講和であった

 

H日露戦争後の国防方針としては、仮想敵国をロシアとして大兵力建設を目標とした(海軍はあえてアメリカとした)大それた戦略思想が昭和まで陸海軍をひきずっていた

 

Hロシアは日本にとって明治以降ずっと仮想敵国だった。なので情報は多かったが多すぎて希望的観測に基づき、予測が外れ失敗した。今の日本にもそのまま通じているのではないか