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元外交官の第一人者の1人東郷氏は、父も外交官、祖父も終戦時に外相を務めた東郷茂徳という外交官一家。戦後外交史のおさらいができる内容です。


歴史を紐解き過去の客観的事実を押さえておくことはとても大事なこと。それを踏まえてこれからの大アジア時代を生きることは日本人にとって必須かと。


読書メモ↓

 

・太平洋戦争が終わって70年。世界にとって日本にとって何だったのか

 

・最も恐ろしいのは、中韓への嫌悪と反発が国民レベルで拡大していく過程で、日本をとりまく世界の情報環境が日本に不利になっていることについて、国民レベルにほとんど情報が伝わらないこと

 

・安倍政権の歴史認識問題は中韓の問題から、米欧州問題に拡散

 

・道徳的優位に立つ韓国、道徳的劣位に立つ日本

 

・日本国民と世界の間に極めて危険な情報の分断が起きている

 

・交渉が決着に近づくにつれて最も問題となるのは外交ではなく内交。妥協点がどこかの問題が

 

・「交渉で一番大切なところに来たとき、相手に51を譲り49で満足する気持ちを持つこと」その方が自分自国のためになる(母)

 

・先の大戦に至る日本の歴史とは

明治~先の大戦は「台形史観」

 

明治維新を起点として、日露戦争の勝利で上昇目標を達成、満州事変を起点として敗戦に至り明治以降蓄積してきたものをほぼすべてを失った

 

・満州事変から太平洋戦争まで昭和の戦争は、昭和の戦争全体を総括し見通すようなヴィジョンや戦略が存在していたわけではない

 

・敗戦と占領は、日本の中に様々な緊張・矛盾・価値の分裂を残した。その根源は占領初期に起因するものであり、その一つが憲法九条を軸とする平和の問題であり、東京裁判を軸とする歴史の問題。戦後日本人の魂の彷徨はいまだに続いている

 

・東京裁判の受刑者は国内法上犯罪者として扱わず、処刑された人を法務死として扱った

 

・左派からの見方は、戦争が他国に与えた痛みをアジア諸国の側に立って理解しようという動きとして顕在化した

 

・1993年55年体制が崩壊し、細川・羽田政権を経て、自社さ村山政権の成立で戦後左右対立を続けてきた歴史認識問題にそれなりの決着をつえkる政治的基礎構造を提供した。それが「村山談話」

 

・村山談話から20年で中韓との和解は逆行している。4つの理由

①右派勢力が左派勢力を切り崩し正しいと信じる歴史認識を復権させるための具体的行動を取り始めた

②5年間の小泉時代。歴史認識では村山総理とほぼ同じ考えたかを持つ小泉総理が靖国参拝に徹底したこだわりを見せた

③左派勢力が明らかに弱体化した。アジアとの和解と追求する保守本流宏池会、中国との国交回復を成した田中派の影響力が後退した。社会党が後退したこと

④中韓の歴史認識に対する対応の問題

 

・戦後日本の左右のバランスの結果として作られてきた村山談話をそのまま継承し、過去を忘れることなく、未来に向けた日本のヴィジョンを語ることが最善(東郷)

 

・日本の謙虚さを基調とする道徳性こそが、「明治以降列強に伍し、これに戦いを挑んだ日本の戦争は帝国主義間の対等な戦争」に耳を傾けるものとなる

 

・嫌中・嫌韓・日本賛美本の多くは、東京裁判自虐史観を批判するあまり、何の価値をも見いだせない逆自虐史観の虜になっているようにもみえる

 

・加害者側から未来志向といわれることほど不快感をそそられるものはない

 

・戦争責任について(東郷)

「日本人に戦争責任はある。それは、日本という社会に日本人として生きているかぎり、わたしたちは歴史の重みを背負って生きているからである」

 

・東京裁判は戦勝国による処断であり、日本自身で改めて戦争責任を問い直すべきではなかったか(東郷)

 

・東京裁判を受け入れたことはサンフランシスコ平和条約第11条で示した通り。しかし、事後法であり勝者の裁判であった東京裁判の多数決判決に納得できてない。だが、政府として第11条を覆すべきではない。戦争責任の問題について日本自身の判断はなにかという問題が登場する(東郷)

 

・中国人民は、毛沢東主席の考えに従い、少数の軍国主義者と日本国民を厳格に区別する

 

・靖国神社は日本が至る所で壊してきた本物の歴史が残っている。靖国神社見学と同時に、千鳥ヶ淵戦没者墓苑と昭和館も訪れる(東郷)

 

・安倍総理の靖国参拝に米国は「失望」の声明を出した

 

・周恩来テーゼ「日本軍国主義は日中人民共通の敵」を日本政府は黙認してきた

 

・遊就館には英霊個人に関するものを残し、戦争史観に関するものは政府の責任で総合的に整えるべき(東郷06年提案)

 

・左右の対立を克服できない日本の社会の限界

 

・南京大虐殺は、何名の中国人が殺害されたについては諸説あるが、看過できないほどの残虐行為が行われたことは否定しようがない(東郷)

 

・帝国陸軍の親睦団体「偕行社」は南京事件の不法な殺害について結論づけた

 

・近来の中国の行動は、日中平和友好条約で中国自らが否定した覇権主義以外の何物でもない

 

・憲法九条が掲げる平和主義には何の違和感もないが、絶対平和主義とも謂える九条の解釈に固着し、外で起きている平和と戦争の問題を日本が参画しうる問題として考える力を失っていく傾向に強い違和感

 

・平和は祈るだけでは決して訪れないのが国際社会の真実

 

・最低限の自衛力のみを持つ一国平和主義の立場に立つとしても、世界政治の現実ではそれだけでは国を守りきれない。日本はその間隙を埋めるものとしてアメリカの役割に期待し日米安保は日本外交の基軸を言われつづけてきた。それが対米依存症という惰性に囚われてきた

 

・集団的自衛権の権利行使の範囲は今回の閣議決定でさらに縮小された

 

・尖閣問題の解決に向けて、中国が既得権化している領海侵入だけはやめさせねばならない

 

・日本外交の全体的な戦略は、中国との関係を平常化させることが最大の戦略目標。防衛・安全保障・外交の総力を挙げることで戦争を避ける。そのためには隣国・韓国・ロシアとの関係を改善し強固なものとする以外に要諦はない

 

・韓国における植民地支配に対する怒りと恨みの深さに対する日本人の理解が不十分。日本も敗戦の精神的空白の後に行われた7年の占領からのトラウマからいまだに抜け出せていない。東京裁判・サンフランシスコ平和条約第11条、靖国、村山談話などについてしかるべき国民のコンセンサスが出てこない

 

・世界との関係で処理できない最も難しい問題が歴史認識問題

 

・韓国人の7つの恨

①民族の屈辱感。華夷秩序で低位から支配された記憶

②裏切り。韓国の独立の保障から始めた日露戦争の勝利5年後の韓国併合

③併合前後の弾圧

④皇民化

⑤皇民化が成功を収め、日本人として戦うまでに至らしめられた

⑥戦後の南北の分断

⑦朝鮮戦争。分断を背景とする民族間の殺し合いに至らされた

 

・歴史認識で和解をする。加害者・被害者の構図において被害者ができることは、事態を反省し、謝罪し、償い、記憶すること。和解は被害者の判断であり加害者ではない

 

・加害者側は未来志向と言ってはいけない

 

・日韓関係において政治問題化しないよう対応する方策は元慰安婦たちと和解に達すること

 

・韓国からみれば、竹島は日本による朝鮮侵略の最初の犠牲の地

 

・竹島密約(佐藤栄作と朴正煕)「竹島・独島問題は解決せざるをもって、解決したとみなす」

 

・国を信用するかどうかはその国の指導者が信用できるかどうかである(東郷)

 

・日本は明治維新と米国占領という2回の欧米の価値の流入にさらされ民主主義をそれなりに定着させてきた

 

・しばらくの間、北方領土問題を忘れること。世界の大勢はこの問題を日本問題としか見ていない

 

・最終的な外交の要諦は、ギリギリの局面までこちらの立場を主張してみて、どうしても確保しなくてはならない国益を再吟味し、相手にとってどうしても譲れない一線がどこにあるかを探り、その結果の妥協点を見出すことにある

 

・三つの領土問題(北方・竹島・尖閣)は歴史問題としての性格を具備するに至っている

 

・戦略論の結論は守る方が攻める方よりも難しい。領土・歴史認識は日本は攻める側責められる側とに分かれている

 

・靖国問題はすみやかに非政治化すること

 

・「日本は今世界の情報戦においていくつかの重大な敗北を喫しつつある。日本のマスコミはその実像を国内に伝え得ていない。中韓の日本に対する対応に、日本がとうてい受け入れられないものがあり、それには十分な根拠がある。そうであればこそ、国際世論の全面的な支持が日本に集まらないことの中に、日本外交の危機を見なければならない」(東郷)