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腕時計は、もともとヨーロッパの王侯貴族が持つ実用品かつ高価な嗜好品でした。それが産業革命とともに量産拡販が進み徐々に市民に普及し生活必需品に。機械式時計の全盛期を経て、SEIKOのクオーツ拡販によって機械式とは比較にならない正確かつ安価(当時はもちろん高級品)な腕時計を供給することで全世界の人々に正確な時間を知らせることができるようになりました。

 

一方、クオーツ全盛期の雌伏の時を経てブランドの個性と技術が競い合う高級本格機械式時計の復活により現在、嗜好品として好まれています。


なぜ、実用性が高いとは言えない高価なスイス製機械式時計(+日本のSEIKO)が一部で好まれ、ビジネスとして成り立つのか?なぜ地方にある高価な時計宝飾を販売する時計店がビジネスとして成り立っているのか?モノづくりやモノの売り方、人と人との付き合い方を長く保つための秘訣があるように思えてくるのです。

 

宝石や時計は縁深い人への贈り物や人生の転機の記念品として手に入れることが多い意味ある一生ものの品。人も商品も長いお付き合いをしていくことは、時代や世代が変わっても変わらないもの、時代に応じて劇的な変化を遂げるもの、地域の家業が生き残って発展している例をこの本が取り上げられていることは「商売の原点」を見る思いです。

 

地元ハラダの原田吾朗社長と商品を通じたお付き合いからこの本で、改めてお店の深い歴史を知りました。

 

 

読書メモ↓

 

・お客さまと歓びを分かち合う。いい店と言われるには人間性が重要

 

・蛻変 ぜいへん サナギが蝶になること。新たな進化のために姿形が変わることは企業がその時々の市場に対応して経営方針を改善し、進化することも大事

 

ハラダ編

・徳島東新町は江戸時代から栄えた場所

・創業者原田清七は大阪の時計店で修行し仕入れの道筋を付けて郷里で起業(1929)

・時計は軍需産業から平和産業に

・二代目、初代の娘婿正昭氏(会長)宣伝に力を入れた「確かなことは安心です」

・三代目、吾朗、 スイスのバーゼルワールドとジュネーブサロン視察を経て本格腕時計販売へ

・慎二郎氏、時計、宝石、眼鏡という扱い品目の比重をその時代で変えられる策を考える必要もある

 

 

・お客さまの街を覚える

 

・お客様とは簡単に知り合えない

 

・広く深い情報力をもって接客に取り組む

 

・エンドユーザーとの懇親会

 

・宝石はブルジョワの持つものではなく、誰もが楽しめるアクセサリー

 

・1990年代後半、時計ブランドのブティックは存在しなかった