(※うちの茶トラの事を書いています
数年以内に飼い猫ちゃんを亡くされたり
その傷がまだ癒えていないという方は
お読みにならないほうがいいかと思います)
すでにおわかりでしょうが
「老兵は死なず
ただ消え去るのみ」より拝借しています
(誰の言葉だったっけ?)
でも老猫なんていうと
本人に叱られてしまうかもしれません
人間の年齢にして81歳なのに
いつまで経っても可愛かったですし![]()
ついに固形の食べ物を口にしなくなり
水しか飲まなくなってからも
フラつきながら 何がなんでも
自力でお手洗いに行きますし
かくしゃくたるもので
まさに老紳士の気概というやつですね![]()
今思うと本当にすごい猫でした
(「コラ~ まだ死んどらんわ!」
と横から突っ込まれそうですが
)
7年前に先立ってしまった
黒猫の弟とあまりに性格が違うので![]()
(黒猫くうちゃんは癒し系でした)
「なんでコイツのほうが残ったんだろ」
当初は うとましくすら思い
とてもただの猫とは思えないほど
精神感応力の高かった弟くうを偲んで
私はよく泣いていました![]()
そしてそんな私をこの茶トラは
あまり放っといてもくれず
かといってそっと寄り添うでもなく
お腹も空いてないのに
そしてもう子猫でもないのに
夜中でもいつでも構わず![]()
声を限りに鳴き立てるもので
『静寂が友』である私と
どれだけ相性が良かったかは
想像していただける事でしょう![]()
ブラック企業から帰宅後
あるいは次のコールセンターでも疲労困ぱい
「ようやく夜だ~ 休みだ~~」
というときも茶トラのしいちゃんは
例外なく私に向かって吠え立て(犬か!?)
弟亡き後も ひとりで遊ぶ事もできず
ブラッシングを兼ねて
30分から小1時間ほどナデナデしても
全然満足してくれません![]()
元々決して母性が高くない私は
時折 近所に聞こえるような
大声で叱りつけたり
気が触れそうな事も多々ありました![]()
「マンション飼いのために
手術でもう鳴かないように処置する」など
真偽のほどが定かでない
恐ろしげな情報もありますが
自分の身に置き換えて考えると
口を開けても もう自分の声が出ない
声による自己主張や表現ができない
そんな状態では 生きている実感や
意味がもはや感じられなくなるでしょう
そんな事をしたら
たちまち寿命を早めそうです![]()
それでなくとも保護猫があふれ返り
正当な理由もなく善意の団体に
このコを押し付けるなんて
許されませんし![]()
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思い余って 夜中の山に
そっと捨ててこようかという程
追い詰められた時もありましたが
それはもっと許されません![]()
この兄弟猫しいとくうは
母猫が死んでしまい 食うや食わずで
げっそり衰弱していたところを
大阪箕面市の団体ARKに保護されたのですが![]()
保護当時の彼らの写真 それにも増して
姉に付添ってもらって
兄弟をもらい受けに行ったとき
同じ施設にいた デカくかしこそうな犬が![]()
兄弟猫にお別れしてくれてるのを見て
彼らがそこでどれだけ大切に扱われて
幸せに過ごしてきたか
思い知らされたような気がしました
施設にいたままのほうが
よっぽどか幸せだったかもしれんな![]()
大キライな専用カゴに入れられ
クルマに乗せられて数時間
長距離を耐える事もなかったでしょう
しかも猫の事を全然知らない
母性が低い私に飼われて![]()
声を大にして
これだけは言いたいのですが
オス猫はとにかく
結石という病気にかかりやすいので![]()
ナメてちゃいけません
その確率の高さはハンパじゃないんです
私が遠い夏の日に山で保護した
茶トラ猫のメロンちゃんもオスで
茶トラの子猫は大人気なので
すぐに飼い手が見つかり
その新しい飼い主さんに
「結石にだけは気をつけて下さい
どれだけ早くから備えても
早すぎることはないから」と伝えましたが
「そのときはそのとき
今からそんな事を心配しても」
と軽く流されてしまいました![]()
愛猫が結石にかかった際の
悲惨さを知らないから
そんな事がいえるのです![]()
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小さな身体に負担のかかる措置が取られ
私の場合は メンターに強くいわれて
なぜか買って ウチにあった
大きなケージに入れるしかなく
身体自体もつらいのに
私や弟がすぐ近くにいながら
自分だけがケージに入れられ
自由を奪われる理不尽と
今はもう少し動物医療が
進歩しているかもしれませんが
当時はそんな状態の茶トラを
注射のため 毎日病院へ連れていき
¥1000ほどの注射ですが
医師に「もう来なくても大丈夫」
と言われるまで1週間はかかりました![]()
現在のようにニートでもなく
普通に仕事が終わった後に通院だし
さらにいうと 管を付けてるので
ケージの中で尿はそのままですから
昼休みには帰宅して
ペットシーツや新聞紙を替える必要があり
それで大量のゴミが出て
マンションのゴミ置き場で
張り込みをしていた
ゴミ管理のおじさんに
つかまって注意され まさに地獄でした![]()
またウチの場合 極寒の季節に限って
猫たちが そういう病気に見舞われたので
ケージを組み立てる間
愛猫を寒いフロ場に置いとかねばならず
それでなくともしんどそうだし
不安に駆られて いつも以上に鳴くし
病人を看護した経験があまりない人には
かなりの生き地獄だと思いますヨ![]()
私にとっても いまだトラウマです![]()
猫ちゃんは缶詰めや
ウェットフードが大好きかもしれませんが
健康や長生きの観点から それはダメ!
ロイヤルカナンのユリナリーゼロ一択
(ロイカナのどの種類かは
主治医の指示に従って下さいね)
で・ウチのような
かなりの貧困世帯でも十年近く
このロイカナ信仰を貫いてきましたが
今ではそうして良かったと思っていますし
もっと早くからそうすれば良かった![]()
うちの茶トラは元々頑健なタイプでしたが
これだけ高齢になってからも
かなり長く元気でこれたのは
ロイカナと無関係でないような気がします![]()
よぼよぼに脚が衰えたり
毛が所々抜ける事もありませんでした
そうなったからとて
愛猫の大切さは変わらないと思いますが
飼い主さんが必要以上に打ちのめされると
看病とか通院に支障をきたすかもしれないし
猫ちゃん自身も尊厳を持って死に臨める
そんな気がするのです![]()
スピ観点での猫に関する情報を
少し調べてみたとき
「猫は人間に生まれ変わる前段階の
修行をしている魂」という話がありました
人間の身近で
猫という人生を経験してから
次は人間に生まれ変わるのですね![]()
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何度も言いますが
先に旅立った弟の黒猫は
下手な人間より霊性が高く
内気で甘えん坊でありながらも
どこか高僧のような
悟りや気品も持ち合わせている
そんなコでしたから![]()
最期を迎えた日の悲惨さから
私はずっと彼を守れなかった
自分が許せなかったし![]()
私の傷口に塩を塗り込むようだった
当時の獣医を心の中で恨み続けて
それが余計
人間不信に拍車をかけていましたが
私の黒猫は もう苦しんでおらず
ましてや猫なのに
生前は徳しか積んでないですから
あの世で幸せに暮らしている![]()
でも私がしつこく苦しんでいたら
かえって魂の進化の邪魔になるかも
そう思えるようになってから
かなり軽くなりましたし![]()
私個人の自己肯定感や
日々の幸福感も増しました![]()
本当にやさしいコだった
黒猫のくうちゃんは
「お兄ちゃんの茶トラが
必要以上に苦しまないように助けて」と
私がお願いしてしまうせいで
まだ近くにとどまってくれてるっぽく![]()
時折 ドライフードを食べるときの
カラカラと小気味良い音が
誰もいない位置から聞こえてきたりします![]()
私のいちばんのなぐさめは
「死んだ猫はみんな猫島へ行く」説です
猫島はご存じのとおり
半野良の猫ちゃんたちがうようよいる
猫たちのパラダイスですが![]()
あれだけたくさんの猫たちが
どうやって猫島に渡ってきたのか
いまだ解明できてないらしいです![]()
黒猫のくうちゃんは内気だったので
ちょっとわからないけど
この茶トラのしいちゃんは
外交的な性格で 人(猫)見知りとも無縁
たまに来客があったときも
「君には節操というものがないのか」
瞬時にお客さんになつきますし![]()
近くの倉吉で大地震があったとき
猫たちが心配で 青くなって帰宅すると
くうは相当心細かったらしく
ぴゃーぴゃー鳴いていましたが
茶トラのしいは いつも通りどっしり構え
災害なんてどこ吹く風という感じで
猫と思えないほど頼もしかったです![]()
そんなに肝が太くて
黒猫くうのように 私の顔色を伺わず
純粋にエゴイスティックで
元気ではちきれそうだった茶トラのしいが
すっかりやせ細って
いつものいたずらっぽい表情もなく
もう水すらろくに飲めなくなって
ただ死を待つだけというのは
可哀想なだけでなく
なにやら嘘のような気がします
昨日も休日で本来は閉まっている病院へ
点滴を打ってもらいにいったのですが
いつもなら そこからまた固形を食べ出したり
少し元気に動き回ったりするところが
今回は様子が違うようです
それにしても
どれだけ頑張ってくれた事でしょう
驚くべき力で
恐らく少しは私のために![]()
あるいはただの本能にしても
固形も水ものどを通らないのに
力を振り絞って
その場所まで何とか歩く姿を
私は何度も目撃しました
すごくつらい種類の感動でした
もうダメかもしれない
これ以上永らえるのは
このコにとって 苦しみだけかもという
私の勝手なあきらめを何度も払拭しました
しいは概ね自己中心的な猫でしたが
私よりずっと年上なせいか
意外に包容力もあって
彼がさんざん鳴きわめいた後
疲れた私が 彼のうなじに顔を埋めるのには
まったく抵抗しませんでした
弟のくうほど毛が長くはないのですが
それでもふかふかで至福の瞬間でした![]()
私はあまり写真を撮りまくるタイプでなく
猫たちの写真はあまり残していませんし
もう二度と猫は飼いません
でも兄弟猫の事を書き残しておきたくて
しいが逝ってしまうと
さすがの私も混乱して
ブログどころではなくなるでしょうから
多少の分別が残っている
いまのうちに書いてしまいました
しいちゃん さようなら
親でも及ばないほどの愛をありがとう![]()
たくさんの学びもありがとう
宇宙でまた遭えるかな
(最近のはないので 2年前の写真です)
