八百紙の落語部屋 -30ページ目

八百紙の落語部屋

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師匠からの宿題

1、皆さんの周りにある江戸について、一言書いてきてください。

2、この講座の中では、できるだけ江戸の言葉を使いましょう。たとえば、トイレとは言わず、「はばかり」「用足し」「手水場」などなど。

 

師匠の次男さん(てつおさん)は、中学を卒業してから「蕎麦」屋さんで働いた。

最初は、茅場町の長寿庵。この「庵(いおり)」江戸時代の「寺方そば」からきている。法事などでお寺で「蕎麦」を打って出していたことから、その「庵」を使っている。

次男さんの先輩が長寿庵から独立することになり、その際、次男さんも一緒についていく。その先輩が師匠に「店のGOD FATHERになってください。」と頼む。

食べに行くとき使う言葉・・・「やっつけるか」「行くかい」「たぐるか!!」 またわれわれの口調で「のせる」とも言う。

「たぐる」は、「手繰る」だと思う。

そこで、「たぐり庵」と名づけた。門前仲町にある。

その店に「ごめんよ・・・」と入ってくる仕事師の常連さんから、「たぐり庵・・・いい名前だね」「最近蕎麦を手繰るやつは、いないね」などと言っていた。

5歳から豊島区住民。S34年から落語家。春風亭柳枝師匠に入門。そのとき「十徳」(15分の噺)を習う。死別後、三遊亭円生師匠より「垂乳根」(1時間程度)を習う。

円生師匠は、豆仮名太夫(子どもの義太夫語り)小学校にも行かなかったが、知識は豊富。子どもの頃、胸に怪我をし、医者から「大きな声は出せませんね」といわれ、話ならということで「噺家」に。

円朝は、山岡鉄舟さんから知識を得ていた。全生庵に墓があり、円朝も隣に眠っている。

 

師匠 「鶴」のライブ。

雑多な記憶を記録・・・・・八百紙