#1

その前に市役所の主張所で住基カードを手に入れて、間抜けな自分の顔写真に苦笑しつつ、ひと駅離れたハローワークの出張所へ移動。

30分ほど粘ったが、結局条件にあう会社は見つからなかった。ちょっと自分を買いかぶりすぎた? 現在の労働者不足は労働条件の低迷にも一因があるのか? 能力への対価もあるが、生活費や物価に関しても考慮しないと、人は集まりにくい。アルバイトだってそう、50円の差がものをいうとは閉鎖前の事務所で話したことだが、それほどまでに世間は豊かで貧しい。

セミナーのパンフをもらったが、とりあえず離職票がなければ受講するための受給資格も得られないので、引き返す。

同じビルに書店と図書館がある。

書店で光文社文庫の『蜘蛛の夢』(岡本綺堂)を購入して図書館へ。

図書館はそれほど広くはないものの、20時まで開館しているので近くにある駅を利用している学生やサラリーマンには便利だ。
すっかり図書館にご無沙汰していたが、本がぎっちりつまった書架の間をのんびりとあるいて、背の部分が褪色している本を引っ張り出しては中身を確認する。借りるわけではなくて、面白そうな本があれば古書で探して手に入れようかな、などと思いつつ。

机には読書するひと、ノートをとるひと、突っ伏して眠ってしまったひとなどの姿があって、なんとなく微笑ましい。

図書館にある本は売り物ではない、だれもが利用できる公共の財産である。利用者は書店で本を探すときとは異なるゆったりした雰囲気を漂わせていて、その中にいると心が落ちつく。

ビルを出ると、そのままひと駅ぶん歩いて帰宅。学生の頃はよく歩いた街。ここにきてもう30年あまり経っている。変わった景色も多い。まるで別次元とつながったのではないかと目を疑うような変化もある。

たとえば『悪魔が来たりて笛を吹く』を買った古書市を開いていたスーパーが巨大な集合住宅になっていた。小さな商店街を分断するように広い道路が走っていた。まるで夢の中で歩いた、記憶を切り貼りした町のようだ。


#2

『新編・鬼の玉手箱』(小松和彦/福武文庫)と『怪奇幻想の文学1 真紅の法悦』を同日に読み終える。

いつも複数冊読んでいるので、同じ日に読み終えることは珍しくない。集中力がないのだろう、1冊読んでいる途中で系統の異なる本を読みたくなってしまうのだ。

『新編・鬼の玉手箱』は民俗学者、文化人類学者の小松和彦が1980年代に発表した記事と、インタビューをまとめたもの。
いまや「妖怪学者・呪い学者」と言われてしまう同氏が、いかに文化人類学から民俗学、ことこれまで触れられてこなかった「暗部・闇」の民俗学へ傾倒していったかがわかる内容。後半では1980年代のホラー・妖怪ブームについても触れており、現在のホラー・妖怪・怪談ブームへとどのようにつながっているのだろうか、といたく頭を刺激された。

『怪奇幻想の文学』は全7巻の新装版。編集は紀田順一郎&荒俣宏の子弟コンビ。1巻目は吸血鬼小説のアンソロジで、種村季弘による吸血鬼小説、映画、演劇に関する歴史やその背景の解説が巻頭に置かれている。驚きなのは平井呈一(荒俣宏を2度破門にした方)訳の『吸血鬼カーミラ』が全文収録されていたこと。単独で1冊の本で出されている小説が、まるまる収まっている。そのほかにまだ9篇の中短篇も加えてだ。

ただ、江戸っ子平井呈一の翻訳は、ときに原作に期待する雰囲気にそぐわないことがある。『吸血鬼カーミラ』は、ヒロインがやにはすっぱな感じになっており、カーミラもちょっとあだっぽい。現在の読者にはちとなじめないかもしれない。

ポリドリの『吸血鬼』の翻訳は面白いとおもったが、やはり言葉づかいが関東風なので、共通語(標準語)で読み慣れていると、違和感を感じるかもしれない。ここは人好き好きか……。


モリナガ・ヨウの『35分の1スケールの迷宮物語』も読み終えようとしたが、なにせ大型本のページにぎっちりイラストと描き文字がごたごたとあって、一気に読むのはあきらめた。


本日読み始めていたのは『てのひら怪談 壬辰』と『空中庭園の魔術師』の2冊。


さて、ちょっと散歩にでも行こうかな。