いま、わたしの隣に、ゲームをしながら、ひたすらため息を吐く(つく、というより、たまらなくなって吐き出す風だ)若い男が座っている。

マスクを通して、耳栓の隙間を抜けて、ため息の音はわたしの鼓膜に届く。

そうしてわたしは、彼にたいして、殺意とイコールの苛立ちを覚える。

歳末の帰宅の電車はうるさくて困る。自慢話、愚痴、叱責、そしてため息。

鬱が最も酷いときは、人間の声を聞くことが耐え難かった。特に生の声や、テンションの高い声は許しがたい。

落ち着くのは、淡々とニュース原稿を読むNHKの男性アナウンサーの声だった。

どうも隣席の彼は、風邪らしい。ため息はそのせいのようだ。熱か鼻づまりにでも冒されているのだろう。

わたしも、火曜日の雨に打たれたお陰で風邪をひいたらしく、今朝早速薬局に飛び込んだ。

昨日は、うかつにも気づかずにいた。頭痛は風邪のサインだった。

もっとも、ここふつかばかりは、とめどもなくあふるる鼻血に悩まされて、ほかの症状に気が回らなかった。

両方の鼻腔から流れ、唇の端を濡らし、顎の先から滴る鼻血は、なかなか鬼気迫る風情だ。

鏡で見つめて観察したことがある。

大量の鼻血は、頭をスッキリさせるか、意識を遠退かせる。

痛くもないのに、血が流れ出る不思議さ。止めなければ、失血死だってありうるのに、鼻血は何故か滑稽だ。