『キリマンジャロ・マシーン』から二編読む。相変わらずの遅読である。ブラッドベリの作品は、これはSF、これはファンタジーなどと構えて読んではいけないのだろう。特に短編集は作品ごとに様相が変わってゆく。『キリマンジャロ・マシーン』の解説で川本三郎は“「さようなら」の詩人”と書いている。なるほどそういったジャンルを離れた視点が必要なのだ。さようなら、確かに別れは、ブラッドベリの作品に繰り返されるシーンだ。
 作品ごとに別れがあり、そのたびに自分は別れを噛み締める。で、自然と読むのに時間がかかってしまうのだ。言い訳かな?