ご縁社会

ご縁社会

今、無縁社会という言葉がいろんなところで聞かれますが、私は人と関わりながら生きて行きたい。ご縁を大切に・・・

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先日『誰がために憲法はある』という映画を観ました。

やっぱり憲法にはすばらしい理想が書いてあると思い、改めて読み直しました。

「理想は理想で現実とはかけ離れている」という議論がある中で、それでも少しでも理想を目指して、理想に近づける努力が国民に求められていると思います。

政府の勝手にさせてはいけない、国民が政府に命じるのだと改めて気づきました。

 

全文

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われわれとわれわれの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起こることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法はかかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等平等に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

 

『夫がアスペルガーと思ったとき妻が読む本』

http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309247649/

 

アスペルガーでなくても、夫との人間関係に悩んでいる妻は多いように思います。

単に、性的な脳の働きの差なのかもしれません。

こういう事実を知って早目に対応すれば、もしかしたらお互いもっと楽に生きられるということもあるのかもしれません。

 

私の夫は新聞の切り抜きが”趣味”です。

それも何日もためて山のように切り抜くのです。

このペーパーレス時代に!

切り抜いたものは、もう二度と見ないでしょう。

切り抜いただけで満足してしまうのです。

 

これはもう治らないから仕方が無い。

せめて夕刊は断って、朝刊だけにしてほしい。

「夕刊も切り抜きたいから断らない。」というけれど、夕刊に切り抜く程重要な記事が載ってるかな?

 

こういう人には数字で分かってもらわないとだめかもしれない。

いつの新聞をどのくらい切り抜いたか、表にしてもらうことにしました。

このところ連日のように自動車の運転ミスによる事故が報道されている。

人の命を奪ってしまうこともある自動車事故はあってはならないと思い知らされて胸が痛くなる。

 

告白します。

私はこれまで車の運転中に、2回怖い体験をしました。

1つ目はほんの一瞬今自分がどこを走っているかわからなくなったこと。

もう1つはアクセルとブレーキの踏み方がわからなくなったこと。

 

どちらも1秒ぐらいの短い時間だったし、車の少ない田舎道でスピードも出ていなかったけれど、

もしこれが人も車も多い大都市でスピードも出ていたとしたら・・・

 

私はまだ還暦前です。

こういうことって年齢だけじゃ区切れないし、その後同じことは一切ないので、検査とかしても何の異常も出ないと思う。

 

私の乗っている車は、障害物をセンサーが感知するとアラームで知らせ自動ブレーキがかかるものです。

これからはすべての車にこういうものが必要かもしれません。

以前、若いドライバーが足元に落ちたものを運転しながら拾おうとして、通学途中の子どもをひいてしまった事故がありました。

そもそもそんな運転がいけないのだけれど、人間はやってはいけないこともする時があるということを前提に、

年齢に関係なく自動制御する車の義務化が必要かもしれません。