ホスピタルアーティスト絵本作家やのともこ*オフィシャルブログ*

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ホスピタルアーティスト絵本作家やのともこのライフブログ
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ホスピタルアーティスト絵本作家
やのともこ

和歌山県龍神村の自然豊かな場所で「心がぽかぽかと温まるような絵」を描いています。

ホスピタルアートとは、見ていて癒やされ元気になってほしい。そんな願いを込めた絵、いわば「見るセラピー」です。

見た人が思わず笑顔になることを想像しながら、パステルを使って日々絵を描いています。


実際に小児科や病院などに飾られ、そうした絵を見て、私のところに絵を求めにやって来る方もいます。


趣味はガーデニング。絵だけでなく、日々の暮らしからも、元気に楽しむ生き方を伝えています。


また、serendipity-arTを考案しており、時間ごとに姿の変わる絵は「1つの絵をより何倍も楽しめる」という新しい絵のスタイルを提案しています。



最近は病院や、小学校などに絵本「あしたげんきになあれ」を寄贈しました。
さらに、「あなたに出逢えてよかったぁ」と「どうしてもあなたに届けたくて」を小学校、中学校、高校に寄贈しました。
「自身が若い時にほしかった元気になる言葉を子どもたちにも届け、笑顔になってほしい」という思いを込めてのことです。


絵を通して、元気が湧き、みんなが人生を楽しみながら幸せに笑って暮らす未来を作っていけたらと思っています。


◆経歴
1996年 イタリアにて独学で描きはじめる
2001年 勢力的に個展グループ展に参加
2002年 「あなたと出逢えてよかったぁ」青心社より出版
    「どうしてもあなたに届けたくて」青心社より出版
2003年 「いっぽいっぽ歩いていこう」青心社より出版
    「東濃信用金庫」の通帳に起用
    「郵便局の簡易保険のパンフレットに起用
2004年 和歌山県龍神村に移住 「yano tomoko gallery&shop」OPEN
2005年~ 阿倍野ハルカス、高島屋、京都伊勢丹、北海道丸井今井百貨店 他
     毎年全国百貨店にて個展、企画展年5~8回参加
2013年 龍神村ゆるキャラ ほっとちゃんデザイン起用
     紀陽銀行カレンダー起用
2015年 紀陽銀行カレンダー起用
2016年 5月「DISCOVER THE ONE JAPANESE ART」(ロンドン Menier Gallery)
    11月「Asian Art Fellowship~Tokyo to Singapole~」
      (シンガポール School of the Arts singapore SOTA)
2018年 9月 上海個展 風月舎
2019年 4月 Arrowno+株式会社設立
2019年 7月 絵本「あしたげんきになあれ」レック株式会社
2019年 ホスピタルアーティスト絵本作家として活動



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【中卒女子時給300円からホスピタルアーティストになるまで。4】

今日は話が前後しますが😅パチンコ屋の面接を受けた時の話しを書き添えたいと思います。💭



16歳で美容学校に通いながら、美容室で週3日働き、国家試験に合格して美容師になりました。✂️

でも、遊びすぎてお金がなくなり(笑)、とりあえず借金を返そうと思ってパチンコ店で働くことを決意しました。

当時の私は、本当にお金がありませんでした。💸💸💸

ある日、時給のいいパチンコ屋の求人の張り紙を見つけ、そのまま面接へ。

すると、「今は店長がいないから、履歴書を持ってまた来てくれる?」と言われました。

その時、私はとっさに言いました。

「履歴書を買うお金がないんです。すみません、絶対返しますから、300円貸してもらえませんか?」🙇‍♀️

社員の広瀬さんは、笑いながら300円を貸してくれました。

そのおかげで履歴書を書き、無事に面接を受けることができました。

実はその日、私はヒョウ柄のコートを着ていました。🐆

「これは面接にはまずいかな?」と思い、ヒョウ柄が見えないようにコートを裏返して丸めて持ち、何事もなかったように面接へ(笑)。

持ち前の笑顔で店長と話し、面接は無事合格。

「明日から来ていいよ。」

ヤッター🙌とりあえずお金貯めて借金返そう!💴そしてまた美容師をしよう!と決めました。

働き始めて1週間ほど経った頃、店長に言われました。

「とも、面接の時、履歴書を買うお金がなくて広瀬に300円借りたんやってな😓」

「うん。でもちゃんと返したで😊」

すると店長が笑いながら言いました。

「それを先に聞いてたら、雇ってなかったわ💦」

私は思わず、

「でも店長、雇って良かったやろ? 私、めっちゃ働くやん!😆」

と言い返しました(笑)。

後になって思えば、本当に絶妙なタイミングでした。

あの日、店長がその場にいなかったこと。

広瀬さんが300円を貸してくれたこと。

そして、そのことを店長にすぐ話さなかったこと。

どれか一つでも違っていたら、私はあのお店で働けていなかった。

でも、私は「お金がないから諦める」という選択はしませんでした。

どうしたらできるかを考え、とっさに行動しました。

振り返ると、その頃から私は何も変わっていません。

できない理由を探すのではなく、できる方法を探す。

今も、その癖はあり
出来ない理由よりどうにかして出来る方法を考えます。

【難問には解決策がつきものだ!】は私の持論です。

ちょっと横道に逸れてますが😆
中卒女子時給300円からホスピタルアーティストになるまで

また次の投稿も、読んでいただけたら嬉しいです😆✨
【これが学歴の壁なんや🤨】
中卒女子時給300円からホスピタルアーティストになるまで 〜エピソード3 〜



給料が良かったパチンコ店の社員を辞めました。当時の年収は420万円。生活は安定していましたが、それでも「他にやりたいことがある」と思い、退職を決意しました。

最初はパーティー企画の会社を作ろうと考えていました。ところが、友達に言われた一言が、私の人生を大きく変えます。🌏

「自分のやることやのに、自分で料理も作れへんの?」

その言葉にカチンときた私は、「よし、それなら料理を極めよう」と調理の道へ進むことを決めました😤

どうせやるなら中途半端ではなく、本気で極めたい。そう思って修業先を探し始めたのですが、なかなか思うようなお店が見つかりません。

しかも当時は一人暮らし。家賃は1DKで約8万円。そこに水道光熱費や食費もかかります💦

仕事が決まらなければ生活できない。

そんな焦りを抱えながら、いろいろなお店の面接を受けましたが、なかなか採用されませんでした😭

そこで改めて感じたのが、「学歴の壁」でした。

実は調理の道を目指す前、一度だけ営業職にも挑戦してみたいと思ったことがあります🏢

私は昔から、仕事は何でも一生懸命やるタイプです。営業で1位を目指して、とことん頑張ってみたい。自分のコミュニケーション能力も活かせるんじゃないか?!やれるだけやってみる!という体験をしてみたかった。

でも求人を探してみると、中卒というだけで面接すら受けられない会社ばかりです😢

その時に思いました。

「これが学歴の壁なんや。」

「仕事させたら絶対、大卒の人にも負けへん自信あるのに…。面接すら受けさせてもらえへんねや。」

その時初めて、「だから高校へ行った方がいいって言われるんやな」と実感しました。

それなら資格を取ればいいんじゃないか💡

そう思って、本屋で分厚い資格の本を買いました。3センチ以上はあるような、たくさんの資格が載っている本です。

「この中なら何か取れる資格があるはず。」😏

そう思って調べたのですが、中卒で受けられる資格は、驚くほど少なかったんです。

確か1つか2つしかありませんでした。

その中の一つが「食品衛生責任者」。

これは調理にも必要だと思い、すぐに取得しました。

そんな中、中卒でも面接を受けさせてくれる営業会社が一社だけありました✨

面接では社長さんが私をとても気に入ってくださり、もう採用されそうな雰囲気でした。

ところが最後に、こんな質問をされました。

「もし、この仕事よりもっとやりたいことが見つかったら、どうしますか?」🤔

今思えば、「ここで頑張ります」と答えるのが正解だったんでしょう。

でも私は昔から嘘がつけません。

「もっとやりたいことが見つかったら、辞めてそっちへ行きます。」

そう正直に答えました。

社長さんは少し苦い表情をされました。

「でも、今ここで働くなら一生懸命頑張ります!」

そう伝えましたが、結果は不採用。

今なら分かります。

会社からすれば、「頑張って育てても辞めてしまう人」を採用するのは難しいですよね。

たぶん、あの一言がなければ受かっていたと思います。

そんなこともありながら、仕事探しは続きました。

2週間、3週間と仕事が決まらない日が続くと、さすがに焦ります。

「このまま生活できるんかな…。」

そんな不安を抱えながら、最初に働くことになったのが「キリンシティー」でした。

ようやく働けるようになったものの、キリンシティは自分で一から料理を考えるというより、決まったメニューを決められた通りに作る仕事でした。

私はアルバイトからのスタートだったので、皿洗いや仕込みの手伝いが中心。

でも職場の皆さんは本当に優しくて、すごく働きやすい環境でした。

ただ、私が求めていたのはそういう場所ではありませんでした。

私は、「下手だったら怒られる」「下駄で蹴られるくらい厳しい世界」で、自分を鍛えたかったんです。

だから、

「ここじゃない。」

そう思い、また次のお店を探し始めました。

今日はここまで。

続きはまた次回お話しします。

最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
(写真は18歳)

《時給300円からホスピタルアーティストになるまで2》

昨日の続きです。



パチンコ店は年収420万円ほどあり、お給料も良かったのですが、私は他にもやりたいことがあったので辞めることにしました。

でも、辞める時に思ったんです。

「その分の給料が欲しかったら欲しい分だけ昼も夜も働けばいいだけやん。」

年収420万円ということは、月にすると約35万円。その生活水準は変えたくなかったし、好きな服も買いたいし、やりたいことにもお金を使いたかった。ただそれだけの理由でした。

ちょうどその頃、友達がスナックで働いていて、遊びに行った時に「トモちゃん、うちで働かない?」と声をかけてくれました。

実は水商売も、一度は経験してみたい仕事の一つでした。

私は昔から、「物事は自分で経験してから判断したい」と思うタイプです。

だから、「じゃあやるわ。」と軽い気持ちで飛び込みました。

当時の時給は2,000〜3,000円くらいだったと思います。

美容師見習いの頃は、10時間働いて3,000円。国家試験に合格してからも、10時間働いて4,000円でした。

それが夜の仕事では、たった1〜2時間で美容師の1日分のお給料になる。

「こんな世界があるんや。」

そう思ったのを今でも覚えています。

お酒も好きだったので、昼間の仕事をしながら夜も働き、とにかく月35万円はキープする生活を続けていました。

でも、20歳を過ぎた頃、ふと立ち止まったんです。

「私、この先もずっとこの仕事をしたいんかな。」

その時、心の中から返ってきた答えは、

「違う。」

でした。

「もっと、自分にしかできないことがあるんじゃないか。」

そんな気持ちがどんどん大きくなっていきました。

実は、パチンコ店で働いていた頃から思っていたことがあります。

私はとにかく一生懸命働くタイプです。

だから、真面目に働かない人を見ると、どうしても見過ごせなかった。

面談では部長にも、

「あの人はこういう働き方をしています。このままでは、お客様にとって良いサービスになりません。もっとちゃんと指導してください!!」

と伝えました。

でも、何も変わりませんでした。

最後には話の途中で「もう、そのくらいでいい?」と言われてしまったんです。

その時、心の中で思いました。

「なんでやねん。」😬

本当に会社を良くしたいと思って声を上げても、自分には決める力がない。

正しいと思うことがあっても実現できない。

その時に初めて、

「これは、自分が社長になるしかない。」😤

そう強く思いました。

18歳くらいから、そんなことを考えるようになっていたんです。

「じゃあ、自分は何をしたいんだろう。」

そう考えた時に出てきた答えが、

「毎日をパーティーみたいに生きたい。」😃

でした。

だから私は、パーティーを企画する会社を作ろうと思いました。

パジャマパーティーや、いろんなイベントを企画して、みんなが笑顔になれる場所を作りたい。

そんな夢を親友に話しました。

すると親友が、

「料理は誰かにお願いするん?」

と聞くので、

「そうそう。料理は誰かに頼むつもりやで。」

と答えたんです。

すると、その親友が一言。

「あんた、自分のやることやのに、自分で料理もせえへんの?」

その言葉を聞いた瞬間、ものすごく腹が立ちました。

実はその子は、いつも「何かいいことないかなぁ。」と言っている子でした。

そんな子に言われたことが悔しくて、

「じゃあ私、料理やるわ!」

そう決めて、私は調理の世界へ飛び込むことになったのです。この続きは次回お話しします

この続きは、また次回お話しします。
ホスピタルアーティスト絵本作家やのともこです。



今朝、朝ドラを見ながら、ふと一言つぶやいている自分がいました。
「絶対、自分らしく生きてやる。」
「絶対、私らしく生きていく。」
その言葉が自然と口から出てきたんです。

振り返れば、中学卒業後、私は美容師になりたくて美容学校へ進みました。
美容学校に通いながら、週3回は美容室で働き、卒業後も1年間インターンをしました。

その頃のお給料は、なんと時給300円。
10時間働いて、1日3,000円。
今思えば、本当にびっくりする金額ですよね。

今の美容師さんの見習いのお給料は、どれくらいなんでしょう??
国家試験に合格し、美容師として働き始めましたが、若かった私は少し遊びすぎてしまって…。
気が付けば100万円ほど借金をしていました。

「まずは借金を返そう。」
そう思って選んだのが、当時時給850円〜1,200円ほどだったパチンコ店のアルバイトでした。

当時としてはとても時給が高く、「とりあえずここで働こう」と思って始めた仕事でしたが、やってみると意外にも楽しかったんです😁

そのまま18歳で社員になりました。
そして驚いたのが、お給料。
1年目の冬のボーナスは80万円以上。
1年目の年収は420万円でした。
時給300円で働いていた私が、18歳で年収420万円。

人生って、本当に面白いですよね。
その会社では、女性の副店長がレジやお金の管理を任されていました。
「どうせやるなら、とことんやりたい。」
そう思った私は、女性社員がいなかった江坂店へ異動を希望し、副店長クラスの仕事を任されることになりました。

ところが、その店舗で使われていたPOSシステムはとても古く、毎日のように2〜3万円も計算が合わなかったんです。
以前働いていた店舗では100円違うだけでも大問題。

「これは絶対におかしい。」
そう思って原因を徹底的に調べました。
POSを新しくしてほしいとお願いしましたが、「1台1,000万円。3台で3,000万円かかるから無理」と言われました。
それなら今あるもので改善しよう。
そう考え、誰が、いつ、どのPOSを使ったのかがすぐ分かるように記録方法を変え、運用を見直しました。
すると…。

毎日2〜3万円ずつ出ていた誤差が、ピタッとなくなったんです。
本当に驚きました。
私は体を動かす仕事が好きだと思っていました。

でも、やらなければならないから始めた事務作業も、意外なくらい楽しかった。
「自分には向いていない」と思っていたことが、実は向いていることもある。
人って、やってみないと分からないものですね。

頭で考えている自分と、実際に経験して感じる自分は違う。
そんなことを、その頃学びました。
その後、もっとやりたいことが見つかって、お給料は良かったけれど会社を辞めました。

その続きは、また今度お話ししたいと思います。
皆さんは、どんな人生を歩んできましたか?
私の人生は、なかなか面白いスタートでした。
だから今朝、思わず口から出たんだと思います。
「絶対、自分らしく生きてやる。」
今日も自分らしい1日にしたいと思います。

今日も、皆さんにとって笑顔あふれる一日になりますように。

《時給300円からホスピタルアーティストになるまで はじまりはじまり》
シリーズ化することにしました。
中卒の女の子が右往左往しながら
どんな人生を辿って時給300円から
ホスピタルアーティストになるのか?
綴っていきます。
ホスピタルアーティスト絵本作家やのともこです。

先日20代の頃からの友達と、3年ぶりにご飯へ行きました。



その友達は、1年前に大切なお母様を亡くされました。お母様をとても大事にされていたことを知っていたので、きっと大きな悲しみの中にいるんだろうなと、ずっと気になっていました。

1年という時間が流れ、少し落ち着いた頃かなと思い連絡すると約束を取り付けました😆

いろいろな話をする中で、友達がこんなことを話してくれました。



「毎日、お母さんの携帯に電話してるねん。呼び出し音が鳴ってる間に、『今日はこんなことがあってね』って話しかけてる。」

本当は一周忌を迎えたらやめようと思っていたけど、でも、「やっぱりやめられへんねん」と、少し照れくさそうに話してくれました。

そして、お母様の持ち物も、まだそのまま。

「片付けようと思って手に取るんやけど、やっぱりまだ無理やねん。」

お母様への深い愛情がめちゃ伝わってきます。



私は、その話を聞きながら、「こんなにも大切に想われ続けるお母様そしてそう思えるお母様に育てられた友達は幸せ者やなと心があったかくなりました。

友達は、「若い頃お母さんに悪いことしたなって思うことがあるねん」と話してくれました。

話を聞いた後
「きっと今もそばで聞いてくれてるよ。今日の電話で伝えたらいいやん。」
そう伝えました。

毎日電話をかけることも、仏壇をきれいに拭き、お水を替え、お花を飾り、手を合わせることも…。したことなかったのにするようになった。って

それは、お母さんのためでもあり、自分の心を整え、前を向くための大切な時間なんだな。

そう思うと、日本のこうした文化って、本当に温かくて素敵だな🥹💕

20代の頃なら、きっとこんな話は聞けなかったと思う。

33年以上のお付き合いで今だからこそ話せることがある。

そんな時間を持てたことが、本当に嬉しかった。

ちなみに友達は64歳。

とても若々しくて来年には年金生活なんて信じられない💦秘訣は〇〇らしい🤫🥰



昨日は、心がじんわり温かくなる、とても素敵な時間でした。

「今」を大切に、「今」を味わいながら過ごしていきたいですね。



今日も皆さんに、素敵な出来事がありますように。