容器

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子供を産んで大怪我をしたような体の雰囲気に引きずられ、親切な産院で助産師さんに労われながら健診に連れていくだけで誉められる時期は正味2ヶ月くらいで、あっという間に翌月には「お母さんもそろそろ慣れてきた頃でしょう。離乳食とは~」となるのですが、内心「え!なにに慣れたっていうんです…?!」という調子な私です。

 

体は時間に比例して癒えているくせに、まだお腹に力を入れるのがなんとなく怖く、もう一日中呼ばれるわけでもないのに肩が巻いたまま緊張して

「もう育休お仕舞いだから保育園に行ってるんだよ。」と話してくれる会ったばかりのお母さんのまぶしさに相槌を打つ機械のようになってしまう。

子供の順調な成長は嬉しいばかりなのですが、「あぁいつまでも今くらいの事をして褒められていたい…。」なんて思っていました。

 

具体的に、私にとって2歳くらいまでの子供はみんな赤ちゃんで、5歳くらいから小学校3年くらいまでは超子供。

で中学生くらいから18歳くらいまではちょっと子供。

このくらいの認識で、特に関わることのない「別の社会」でした。

これまで、季節を使い捨て、「開演まであと5分です。」と言われない限り時計など見ずに生きて来ました。

 

しかし、私の赤ちゃんは、こちらがやっと覚えたと思ったルールは週単位で適用しなくなっていき、

ある夕方、お風呂に入れて一段落。といつも通り転がしておいたら、仰向けが基本姿勢のはずがこちらに背を向けてばかりいる日がありました。

なんだか子供が1人自室に帰ってしまったようなプライベート感のある雰囲気を出すものだから「ふふふ」と思いつつ、横に座り、ちょっと目を離していたら、寝返りをしてスフィンクスの姿勢で嬉しそうにこちらを見ていました。

あまりに静かで、まるでモンシロチョウがそこへとまっている様でした。

 

妊娠出産~という久しぶりの集団生活に、自分は意外と自己肯定がうまくないんだと言うことを日々感じていたのですが、

私という容器に、ロジックもなく詰め込んで来た経験や全ての実感や実績を、誰に言われてもいない「常識」に伴うふりで削いで過ごしていたらそれは容易く空になってしまう所でした。

 

満ちみちていて固まっていると思っていたこの容器にはまだ半分も入っておらず、なに、別になにも溢れてなどいなかったじゃないか。と思う日になりました。

 

矢野沙織