永観堂を出て南禅寺の駐車場まで戻ってきました。バスに乗車

                   バス 

 

 

                ↑ 平安神宮

 

 平安神宮の鳥居を車窓から見て次の昼食会場へ向かいます。

 

      「六盛(ロクセイ)」

 京セラ美術館の近くにある120年の歴史を持つ老舗料亭だそうで、緩やかな石段と坂を上がっていくとそこはザ・京都の料亭です。

 

 

 

 

「手をけ弁当」

 

六盛の見どころは料理もさることながらこの手桶。「人間国宝 なかがわきよつぐ氏」によるもので、漆塗りを施した重厚なもので料理をいっそう引き立てています。

手桶には鰆の西京焼き、鶏の塩麹焼き、車海老含ませ煮など16種類ものお料理が詰められて他に栗ご飯、ゆばの赤だし、柴漬け、フルーツとお味も見た目も満足100%

はんなり中居さんも最高、、、ハート

 

↑ 目の前に置かれたやかん、思わずまじ見、ランチでこのような高価なやかん見たことがありません。思わず写真撮っちゃいましたカメラ、、、

ごちそうさまでした。

 

バス

 

車窓から見た京都の民家です。

 

いよいよ南禅寺、再び先の駐車場へ🅿

 

南禅寺

 

← 「中門」

 

「勅使門」 ↑

 

 

 

中門をくぐって左にある勅使門から前を見ると、まっすぐに延びた参道を覆うように色鮮やかなもみじが延々と迎えてくれます。

参道を進むと最初に現れるのがかの有名な重要文化財「三門」です。↑

 

石川五右衛門がここに上がって「絶景なり、絶景なり」と叫んだことで有名ですが、これは歌舞伎の演目の中で使われたもので創作だと知りました。

そうだったの、、、、、

 

「寛永五年(1628)藤堂竹虎が大阪夏の陣の戦没者慰霊のために建立寄進したものです。楼上には宝冠釈迦如来坐像と十六羅漢像を安置し、内部の鳳凰や天女の極採色画は狩野探幽、土佐徳悦の筆です」

パンフより

 

 多くの人が上がってその絶景を楽しんでいます。私も以前体験しましたが、その階段のキツさが半端ないものでした泣

あし

 

三門から先の奥まった場所に方丈があります。ここでも靴を脱いでビニール袋に入れて進みます。

 

「方丈」 ↓

「こけら葺・寝殿造の大方丈は、天正年間に豊臣秀吉が建造寄進した御所の殿舎を、慶長十六年(1611)、後陽成天皇より拝領し移築したものといわれ、襖絵は狩野永徳らの作です。

大方丈後方の小方丈は伏見城の小書院を移したもので、襖絵の「水吞みの虎」図は狩野探幽の傑作として有名で国宝です」

 

 

図も含めてパンフからいただきました。

 

 

 

「方丈庭園」 ↓

 

 

借景に羊角嶺(ヨウカクレイ)の山並みを取り込んだ枯山水庭園で、名勝指定庭園です。

パンフより

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

← 「龍渕閣」

 

 「南禅寺は瑞龍山太平興国南禅禅寺と正称し、禅宗の臨済宗南禅寺派の大本山です。

亀山天皇は文永元年(1264)、山水明媚なこの地を愛され、離宮禅林寺殿を営まれました。後に東福寺の第三世である無関普門禅師に深く帰依されて法皇となられ、正応四年(1291)、離宮を改めて禅寺とされました。

創建当時の建物は室町時代に三度の火災に遭い、現在のものは江戸時代初期以降の再興です」

           パンフより

 

 

 方丈を後にして少し戻った参道に法堂があります。

大銀杏の向こうに法堂の屋根が見えます。

 

                「法堂(ハットウ)」 ↓

 

 「豊臣秀頼の寄進した法堂は明治二十八年(1895)に焼失し、同四十三年に現在のものが再建されました。天井の瑞龍図は今尾景年の作です」

                パンフより

 

 

天井の「瑞龍図」を見たいと多くの人が法堂内部をのぞき込んでいます。私もそのひとり、見上げると群青の中に金色の龍の眼が怖くも優しく令和の人々の心に刺さったと思います。

 

 

↑ 龍の図はパンフからいただました。

 

あし

 

 

 

 

 三門まで戻りました。もみじもみじもみじここから見ても絶景かなもみじもみじもみじもみじもみじ

 

反対側から見た三門 ↑

 

 

 

                  あし

 

 次は「天授庵」目指しますあし