今月はじめ、須磨寺副住職小池陽人さんのイベントで、陽人さん自身がご紹介していた。
シッダールタ。
その興奮冷めやらぬお話ぶりに、すぐにポチり、珍しく読了しました。
感想は…
人は誰もがシッダールタにもなれるし、ゴーヴィンダにもなれる。
仏陀を師とし、解脱を求め続けるゴーヴィンダ。
全てを師とし、父、商人、愛人、川渡し、そして川そのものまでも師と仰ぎ神聖なものとなったシッダールタ。
人として生きてきた以上、どんな至高の教えであっても、それは人にもの。
やはり自分が体験し、感じ、もがき、苦しみ、時に喜ぶことが解脱?
カマーラとの情熱的な愛欲、永遠だと思った美しい人の老いの描写にすべては変化すること。
シッダールタの息子への「子煩悩」ぶりに、子への愛より執着を感じました。
これは現代にもある、無明であり、では明は何なのか?涅槃とは?
解脱の方法は誰もわからない、2500年前も、今も。
言葉にしたところで、それは私の体験ではないからだ。それは真実ではない。
私の師の一人である松村寧雄先生の「人間誰もがブッダ、あなたもブッダですよ!」と仰った言葉が蘇る。
本の中のゴータマとシッダールタ。2人は2人であって1人ではないか。
時空を超えて、輪廻の中で。






