【母とお弁当と、小さな冒険。】
最近の母は、
もう歩いて数分のスーパーにも
ひとりでは行けなくなりました。
「さっき行ったでしょ?」
ということも忘れてしまうし、
近所の眼科に向かったはずなのに、
気づけば違う方向に歩いていく。
花火大会の時には家に帰れなくなり、警察の方に保護されることもありました。
けれど翌日になると、
そんな出来事はまるで
遠い昔話みたいに忘れていて、
ビール片手に、
「ふふふ」
と、にこやかに笑っている。
こちらは昨日の大騒動で
寿命が縮みそうになっているのに、本人はケロリ。
介護というのは、
時々こちらだけが
必死に人生を生きているような、
そんな気持ちになることがあります。
そんな母を連れて、
先日、名古屋まで出かける用事がありました。電車で1時間ほど。
昔なら何でもなかった距離が、
今ではちょっとした“大冒険”です。改札を通るだけでも一苦労。
「あれ?切符は?」
「これこのままタッチするの?」
「タッチしたら、前に進もう」
「この電車どこ行くの?」
「今からなにしにいくの?」
新しい場所に行くと、
母の注意はあっちへふらふら、
こっちへふらふら。
まるで好奇心旺盛な子どもと、
文句の多い評論家を
同時に連れて歩いているような感じです。
しかも、うちの母は筋金入りの粘液質。自分の好きなことはやる。でも興味のないことは、てこでも動かない。
さらに最近は、人の悪口と文句が
口癖のようになってきました。
昔の私は、いちいち反応して、
いちいち疲れていました。
でも最近、こちらが反応しなくなると、母も少しだけ静かになることを学びました。
介護って、「どう支えるか」だけじゃなく、「どこで反応しないか」を学ぶ修行でもあるのかもしれません。
なんとか用事を済ませた帰り道。
「今日は付き合ってくれたし、
高島屋で好きなお弁当選んでいいよ。お母さんの好きなの、おごるから。」
そう言ったら、母が即座にこう返しました。
「え〜、あんたが決めてよ。」
……出た。いや、絶対あとで
文句言うやつ。こちらが選べば、
「こんなの嫌だった」
「もっと別のがよかった」
と始まる未来が、ありありと見える。
だから私は決めませんでした。
地下のお弁当売り場を一緒にぐるぐる歩きながら、
「で、どうする?」
「どれがいい?」
とだけ聞き続ける。
すると、さすがの母も観念したのか、「あ、じゃあこれにする。」
ついに自分で決めたのです。
その瞬間から、母はまるで宝物を手に入れた子どもみたいになりました。
電車に乗る時も、乗り換えの時も、家まで歩く時も、ずーっとそのお弁当を自分で握りしめている。「持つよ?」と言っても、
「いい。」と離さない。
階段ではバランスを崩しそうで、見ているこちらはヒヤヒヤ。
でも、たぶん取り上げたら、機嫌まで転げ落ちる。
だから私は、横でそっと見守るだけにしました。
そして家に帰ると、母はすぐにお弁当を広げて、
「おいしいねぇ」と、本当にうれしそうに食べ始めたのです。
その顔を見ていたら、
ああ、介護って大変だ。
正直、腹が立つ日もある。疲れ果てる日もある。「もう無理」と思う日だってある。
でも、こういう小さな瞬間が、全部を少しだけ救ってくれるのだな、と思いました。
スーパーにも行けなくなった母。
改札で立ち止まってしまう母。
昨日のことを忘れてしまう母。
でも、お弁当を大事そうに
抱えて帰る姿は、なんだかとても
愛おしかった。
だからきっと、これからも私は、文句を聞きながら、時々ため息をつきながら、それでも母を大事にしていくのだと思います。
まだまだ長生きしてね🤝





























