上海上陸!後編

降機後、導かれた先に再度発生する行列。
行列の先ではサーモグラフィーが置いてあり、一人一人非接触で体温検査を受けます。防護服の係員がフェイスシールドやゴーグル、前髪が額に降りている人にまで厳しい口調で額を出すなと怒鳴り散らしていました。

その列が続くのは問診コーナー。PCR検査(中国語では核酸检测と表記します)を受けるにあたって直近怪しい症状が無かったか、陽性者との接触はなかったか等々を確認され、日本で搭乗手続き後設定したQRコードと紐付けされます。
その後また延々と歩かされ、電気が止められたエスカレーター前でその書面と再度提示するQRコードを読み込まれ、検査後の検体を入れるために使う試験管のような物を受け取ります。我が家は3人分、というだけで舌打ちされました。面倒なのはこっちだよ!真顔

そして更に延々と歩かされ(この時疲れ果てていた次男、ベビーカートや荷物カートも途中から使用不可になる為、彼の歩調に合わせるしかない為どんどん後から来た乗客に抜かされます。幼い子を連れていかれる方は抱っこ紐を用意して抱っこした方がスムーズです。)、建物外に。外に建てられていたプレハブにて検査は行われます。「あ、子供だね、じゃあここに来て」と声をかけられ一番右のブースに。そこにいた検査担当のおばさまはニコニコしながら「じゃあ一番小さい子からしようね、その方が怖がる前に終わるから」とナイスアドバイス。次男は彼女の雰囲気が優しかった為自ら口を開けてジッとしていました。次男がとても褒められているのを見ていた長男、それを越えようとしたのかとても検査に協力的。そしていい返事を返す。褒められて尻尾を振る子犬のようにキラキラした目で検査を終えた2人。さて私の番。周りでは苦しそうな声が聞こえたり終わった人が泣いていたりで鼻からの検査はとにかく恐怖だったのですが、ここで泣くわけにはいかない。
「放松〜(リラックスして〜)」と言われ、まるで屍のポーズを取るが如く精神と身体の解放を図り、シンギングボウルの音が聞こえたかと思っている間に検査終了。検査員には拍手付きでお褒めの言葉を預かりました。みたか。こういう時は強いのよ私は真顔

そして今回の旅1番のハイライトと思っていた検査を終えた我々は晴れ渡る気持ちで荷物をピックアップ。子供達は正に子犬のように人のまばらなレーンの周りを走り回り散在した荷物の場所を一つ一つ私に報告してくれました。持ってくる力はまだないのが惜しいけど、あと5年もしたらそこも任せられるのでは。

そしてカートに全てを積み込み、次は居住区ごとに並びます。ここでまた別のQRコードを読み取り、入力するように求められます。これは私の推察ですがPCR検査までは日本で言えば厚労省管轄、その後居住区ごとの管理は警察庁管轄のため、別のコードを使うのだと思います。
防護服で全員同じ格好なのですが、あ、この人たち警察だなと思ったのは、まぁ態度の悪さから。中国の警察官で紳士的な人に出会ったことは、私はまだない…。そこでパスポートを提出するのですが(政府の車で送られた隔離先で返還されます)自宅隔離希望なんだと携帯に大きく映した文字を見せながら伝えたところ、ハイハイ、そりゃ子供いるからそうでしょ、シッシッ ってされました。いやシッシッて何よムカつくわ。そもそもそこで待てって言っといて何も無いのかよムキーちなみにその居住区ごとに並ぶ時点で22時(日本時間23時。子供達目がシバシバ)

そこからまた椅子もないところで1時間近く待たされ、ようやくバスに乗るため移動開始。
この時点ではこのまま自宅に戻れるんだと何の疑いもなく信じていたため、やっと家族全員でご飯食べられるんだ!なんて浮き足立っていました。ほんと。

そして走り出すバス。空港外まで出たところで、止まる。どうも先導するパトカー待ちなのか何なのか、なんとそこで40分近く停車。始めははしゃいでいた子供達ですが気づけば電池切れ。ストンと寝落ちしていました。やっと走り始めたバス。どこに向かうかというのも一切知らされない我々はまるでミステリーツアーの客かバスジャックの乗客か。
そしてふと浮かんだ「え、もしかして検査結果まだ出てないとか?」という考えに支配される脳内。不安が次々襲ってきます。
もしかして噂に聞いていた結果待ちのホテル待機?子供達1回分の着替えしか手荷物に入れてないし私の分はダンボールに梱包してる!え、自宅隔離って伝わってるよね?え?
パニック寸前の脳内と、帰りを待っている夫からの我々を心配して止まらぬメッセージ。上海上陸の体験者の情報などを調べて送ってくれる友人からのメッセージ。今どこを走っているのか地図を検索。みるみる減るバッテリー。夫からのメッセージは次第に怒りを帯びてきて、更なるストレス。パニック寸前の脳内。
そんな乗車時間はなんと3時間にも及び、到着したのはホテルでした。ちーん。

雨の降る中書類をチェックしてもらいパスポートを返してもらった乗客は次々に降車していき、最後だったのが我々。子供達は熟睡しているため、2人+リュックの手荷物、スーツケースと4個のダンボール。腕抜けるかと思ったし、遅いと怒鳴られ、手伝ってくれる優しい係の人も荷物水溜りに置くし笑い泣きさらに消毒液でビシャビシャにされてギリギリのダンボール。

陰性結果が出るまでは「汚染区民」なため、通常のエントランスやエレベーターは使えないため裏口からホテルに入ります。その頃には寝ていたところを起こされ、起きたら訳わからん怒号の中だったし足が痺れていて椅子から落ちたしで号泣していた長男もやっとのことで歩いていたのですが、上階へ登る非常階段が大人でも足のすくむ造りな為手すりにしがみつきながら泣きながら登っていました。その震える姿が可哀想で可哀想で、思い出しても泣ける。

部屋に続く廊下には、隔離者に食事等々を提供するのに使う台(このホテルではビールケースみたいなものに我々にも渡されるゴミ袋を被せたものでした)が各ドアの前に置かれていて、係が来た音に気付いて質問しようとドアを開ける隔離者の顔がチラホラあって、異様な光景でした。

部屋に着いたのが深夜2時半。
子供達は疲れ果ててヨテヨテと歩いていましたが、静かな環境に落ち着いたのか、荷物を部屋に引き込んでいた私のところに「おふろ」と言いにきたので今からお風呂入る?もうこのまま眠ってもいいんだよと聞いてみましたが寒すぎるバス(設定温度15度ですよ!)に3時間も揺られて雨に降られ、2人とも顔色が悪くなっていた(こっちに来て風邪でもひいたらどこに連れて行かれるやら。)為、とにかくザッとあったかいシャワーで2人の体と頭を洗い、唯一手荷物に入れていた服に着替えさせてからチラリと携帯をみると夫からの着信。飛行機を降りたらパパに会えると思っていた子供達もまだ起きているので声を聞かせようと折り返しの電話。しかしながらタイミングが合わなかったのか繋がらず。とにかく早く休ませようと子供達は寝かしつけました。
それから私だけ起き出して渡された書類を読み、ビシャビシャになった荷物を拭いて壁にそって並べ、顔を洗い、機内以来の水を飲みました。体はドッと疲れが襲ってきたけれど、頭だけはカッカと興奮していて眠られず。結局寝付けたのは多分4時過ぎ。

まさかホテル隔離スタートとは思いませんでしたが、とにかくずっと入れなかった上海に上陸したことに感謝。隔離期間も乗り切るしかないですね。
検査後、居住区ごとに並びます。
新たに登録しなければならないコード。
列に並ばされて乗り込むバス。周りは回転灯を灯した公安の車で囲まれています。
疲れ果てて眠る子供達。
14歳以下の子供連れだと申請できる自宅隔離の申請用紙。
ホテルにチェックインする前にサインさせられる書類。1人1泊3食付きで360元。
消毒薬をかけられた荷物たち。