カンフーガールを読んで、中国武術がすごいと思ったのは、稽古の段階段階の感覚と注意点、要訣が事細かに伝えられていることである。


稽古の段階が進むと今までに無い感覚が生まれる、今まで出来なかったことが出来るようになる。そんな現象を記録し、それぞれに関して“これはいい現象だ、だったら次はこうしなさい”とか“そういうことがあるが、それは意味がない、別に気にしなくていい”など、それぞれに関して指針を与えることが出来るそうな。


さて、我らが稽古している合気道であるが、残念ながら一般的な合気道は流儀全体としての筋道は曖昧である。

岩間の技が残ってなかったら、流儀としての存在も危ういだろう。


大先生は岩間で合気道を完成したと言っている。

斉藤先生はその技、稽古方法を忠実に残された。

残された技は剣体一致の理論が確立された、高度で完成度の高い武道だと思う。

剣で体を作り、体の変更を通じて体術活かす。
そこには立派な筋道があり、これを繰り返し鍛錬することの喜びは大である。


中国武術のように感覚に対する細かな指針が言葉や文章として残っているわけではないが、型が確立されているのでそこから外れずに鍛錬を続ければ、どんどん体感が変わっていっても何の心配も要らない。

最近、身体運用をいろいろ修練する中で、今までに出来なかったことが出来るようになったりするが、そこにとらわれず、淡々と稽古を続けようと思う。