人間というのは、生きている間に
どれくらいの嘘をつくのだろうか。
極力嘘をつかないようにしているけれど、
やっぱり、方便として嘘をついておいたほうが
良いときもある。
肝心なことは喋らない、という手もあったりするが、
嘘をついたり、失言したり、ということを避けると、
必然的に寡黙になるということもあるだろう。
隠し事、隠しておきたいこと。
黙っておけばいいだけのことを、
どのくらい、匂わせてしまう発言で、
台無しにしたことがあるだろうか。
清廉潔白、公明正大。
こうありたいものだけれど、
やはり、市井の俗物としては、
何か取り繕って、着飾って、
生きていくのも仕方のないことなのかもしれない。
僕は、普段の一人称は「俺」です。
こうして、ブログを書くときは、
「僕」としています。
書き始めたとき、特段事情があったわけではないですが、
なんとなく、こうして公になるところで、
文章を書くなら「僕」のほうが良いな、と思ったし、
俺と僕では自ずと文体も変わってくるので、
何かしら、演出的な思考が働いたのは
間違いないでしょう。
一人称や二人称、文体で雰囲気や
相手への見え方が変わるのだから、
日本語というのは繊細なものですよね。
喋り言葉もそうなのだけれど。
ただ、書くにしても、しゃべるにしても、
言葉は大切に使わないといけないな、と思います。
言霊、なんて言葉もあるけれど、
そんなオカルティックなことではなく、
実際、安易に発言して、人を傷つけたり、
誤解を生んだり、人を怒らせたことが、
どれくらいあったことか。
嘘も、必要のない発言も、
できるだけ削ぎ落として、
魂を磨くということを、
意識してみるのが、良いのかもしれない。
往復書簡 湊かなえ
幻冬舎文庫
2年くらい前に買って、
読まずに放置されていた本です。
手紙形式の短編集になってます。
手紙形式の物語は実は少し苦手で、
一部の構成として、手紙や日記が差し込まれているのは、
良いのだけれど、
手紙のやり取りで進んでいく物語というのは、
なんか違和感があるのです。
手紙のやり取りっていうのは、
僕も随分離れてしまっているのですが、
そんなに細部まで書かないじゃない?
ある程度簡潔に、結構端折ると思うの。
だって、大変じゃん。
長文手書きするのって。ワープロタイプなら別だけど。
だから、手紙に事細かに詳細が書かれている、
というのを見ると、なんか白けてしまうんです。
でも、本として、物語としては面白かったです。
引き込まれるような構成や文章があるのは、
さすがだな、と思います。
どんでん返しの先が読める、無理矢理感があるのは
否めないけど、安心して読めるな、と。
深い感想とかはないのだけれど、
エンタメとしては良いと思います。
通勤時やTVがつまんない、みたいなときに
最適です。