昨日、旅行で来てるある日本人の方とお話をした。

世界中を旅行して色んな事を知ってるようなオジさま。

そのオジサマと「物乞い」についての話になった。

タイプは違うが世界中、どの国にも物乞いはいるそうだ。

酷い国になるとわざと腕や足を切断してまで物乞いをさせる集団もいるらしい。

もちろんミャンマーにも物乞いはいる。

ただそのような国に比べてミャンマーは<純粋な物乞い>が多いと思う。

そんなに悪質だとは思わない。


オジさまは続けて言う。

「あいつらそれで食ってるんだから絶対カネをあげたらダメだ。」

これよく聞く話だ。

お金をあげたら彼らは味をしめて物乞いを止めない。

それで貧しい生活から抜け出せず、結局彼らのためにもならない。



・・・果たしてそうでしょうか?

ハッキリ言います。

いま私がお金をあげても、あげなくても彼らは物乞いを止めないでしょう。


なぜならそうやって生きて行くしかないからです。

生きるためにやってるんです。

家でゲームばっかやってるボンボンのドラ息子よりずっと「生」を感じます。


日本人は物乞いというと<みっともない>というイメージがあるかもしれない。

それは日本でのイメージ。

ここはミャンマー。

当たり前のように物乞いがいる。

道で亡くなってる人がいる。

これが現状。

その人たちが必死に生きようとしているのならば私は恵んであげたい。

死にそうな人を目の前にして心が痛まない人なんていないでしょ?


頭から「物乞いにカネをあげるな。」という勝手な考えを押し付けないで欲しい!

自分の判断であげればいいし、あげなくてもいい。

蔑視したり見下したりすることもない。

大事なのは自分の目で見て判断すること。


お金は「何か」物やサービスに対する対価であると思うが
彼らにはその「何か」を得る術がない。

教育も受けられないんだから。

物乞いがだらしないんじゃなく、物乞いを生んだ政府がだらしないんでしょ。


<物乞いしなくてもいい社会>


<貧困撲滅>


いくら私が声を大にして言っても

「僕たちは世界を変えることができない」


ハッキリ言って、変えられるのは大統領しかいません。

だから皆は大統領に期待を寄せる。

「私たちにも生きる権利を」



・・・冒頭のオジさま。

世界中を旅して視野が狭まったという稀有な例です。

(そもそも本当に旅したのかも怪しい・・)

あまりの「オラオラ節」に辟易し、中途退席したローカル男でした。


こんなオッサン、マジ来なくていいよ!!




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