自分もブログを始めてたくさんの方に認識されてきました。
それと最近のミャンマーの民主化の流れでよく質問されます。
「なぜミャンマーに来たのか?」
これからもブログを通してミャンマーの生活を紹介していきたいので
この質問には答えないといけないと思います。
今から遡ること6年前。
きっかけは自分の伯父さんでした。
自分がまだ東京でフラフラしている時、伯父さんがミャンマーから
都内の病院に緊急搬送されてきました。
すでに末期のガン。
自分はもちろん伯父さんの兄弟(自分の親父たち)も
ミャンマーで何をやってるか知りませんでした。
あとで分かったことです。
伯父さんはミャンマーで学校建設や水産業、貿易、人材派遣
などの会社をたくさん興してました。
ミャンマーへいち早くテラピアを入れ養殖にも成功してました。
東京にいた自分は一ヶ月間付きっきりで看病しました。
その間も色んな会社の人が相談に訪れ今後の会社経営の引き継ぎ
について話し合ってました。
亡くなると分かっててその権利が欲しい人ばかりです。
腐ってます。
最期は自分と社長(伯父さん)の秘書、二人で看取りました。
自分は疲れ果て、涙も枯れ果て合掌したのを今でも覚えてます。
あまりにも孤独な最期。
骨は半分ミャンマーへ持って帰りました。

(日本人墓地に眠る)
なぜ今まで話さなかったかと言うと、
伯父さんのことを良く思ってない人もいたからです。
自分は亡くなる直前しか知らないし、どんな性格で、
ミャンマーでどんな存在だったかも知りません。
政府関係者とも仲が良かったと聞きます。
自分がミャンマーに来るキッカケとなったのが
伯父さんであるのは間違いありません。
でも「伯父は伯父、自分は自分」
伯父の名を使って何かをしようとしたことはないし、
これからもありません。
「自分の道は自分で切り開く!!」
ただ伯父が遺した<足跡>だけはこれからも見ていきたいです。
現に自分は伯父の死後、ミャンマーへ初めて来て何が出来るか考えた時、
日本語教師をやろうと思い専門学校に一年間通いました。
そして現在に至ります。
私の家を見てもらっても分かります。
ハトと一緒に住んでます。
政府関係とコネクションを持ってる人が、
ハトと一緒に住んでるんです。
はっきり言って伯父がお世話になってたお偉いさんにお願いすれば
もの凄い豪邸に住めると思います。
でもそれは自分の力で得たものじゃないでしょ?
自分はこれまで政府の人に何かお願いをしたことはありません。
よく「自分は軍のNO.2と知り合いだ。」とか
「政府のNO4.と仲が良い。」とかいう人を見かけます。
その時いつも思います。
「・・・で?」
こんな人、全く信用できないし「自分」が無さすぎだろ。
この国ではお金があってもコネが無いと何もできない。
そんなことわかってる。
汚い手を使ってでもコネを得る。
でも俺はそこまで落ちたくないし、「自分」はしっかりと持っていたい。
肩書きに左右されるなんてFUCKだろ!
人の欲とはこんなにも醜いものなのか。。。
着飾らなくても、作らなくてもいい。
リアルなあなたと話がしたいんだ。
<キレイゴト>だと思われてもいい。
自分には生活できるだけのお金と大切な人がいれば
それだけで充分だ。
それが伯父の死を目の前にして強く感じたことだから・・・
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