今日の夫は10時半に起床。
私の居ない時間はウトウトしていたんだろうと思います。
昨日の退院は病室からエレベーターまで辛そうに歩いてました。
それでも、一人で酸素を転がしながら、荷物も一つ持って車まで来てくれてよかった。
私一人で駐車券を貰って、駐車代を払って、車まで荷物を載せて、車椅子にと夫を乗せて車まで連れて行く、という筋書きだったから
息苦しくても退院なんですね。
治療がないから・・・
自宅に帰って夕食のお弁当を4分の一食べて
「このくらいでいい」
早めに休みました。
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入院中に夫が4人部屋のお向かいの方の話しをし出したことを思い出しました。
1月15日にサードライン1クールの入院の時には既にお向かいの方は居ました。
「彼はもう、抗ガン剤治療ができなくて、背中に癌が出てきて(中から押し上がってきたようです)痛くて上を向いて寝られないんだ。」
「もう、嫌だよ病院、隣は一日中ずーっと痛そうだし、先生は酸素もしてあげないし、何もしてあげないんだ、苦しそうで、辛いよ」
そう言って、夫はいつか来るかもしれない痛みや苦しみを想像してしまいそうで気持ちが滅入っていました。
2月4日に退院し、発熱で5日に入院したときも
変わらず彼は入院中、
夫は滅入らないように頑張っていたと思います。
「彼は入院中お友達が多く見舞いに来て、凄く穏やかで優しくていい人なんだ
でも、もう、病院から出なきゃならないんだけれど(治療ができないから)独り者だから『家には帰らないでどこかにお世話になりたい』って、今、先生が受け入れ先を探している」
私も夫のお見舞い中に彼が看護師さんに薬を頼んでいる姿や言葉から穏やかで優しい方だと感じていました。
お向かいの方は日に日に辛そうで、ある夜中に看護師さんが尿瓶で尿のお世話をしてくれていたそうです。
一人でトイレへ行くことも息苦しくても中々、行けてなかったらしくて我慢して・・・
尿を1回出したら尿瓶が一杯になって看護師さんが尿を捨てた後また、尿意が・・・
夫は「彼はずっと我慢していたんだなぁ・・・」
夫は目頭にティッシュを当てて涙していた。
「それでね。彼が看護師さんに『僕は生きていたいんです!まだ、死にたくないんです!』って言って・・・僕も・・・」(その方には、認知症のお母様がいるらしい)
夫はオイオイ泣いた。
朝早く、彼の所に副師長さんが来て
「〇〇さん、ナースステーション近くの部屋に移ろう、私達の側においで、いつでも私達が見れるからって、移動したんだ」