気がつけばそろそろコロラドに引っ越してきてから1年が過ぎようとしています。
そしてこの8月でアメリカに来てから5年になります。
まだ5年しか経っていないのかーというのが正直な心境です。
なんかもう10年くらいいるような気がするんですよね。
それはそれだけこの5年間の内容が濃かったということだった、ということで納得しています。
アメリカに来てから、ありきたりな言葉ですが、随分色々なことを学びました。
学んだ分自分は成長したのか、というと首を傾げたくなりますが、まあこれから頑張る、ということでいいかなと思います。
アメリカに来た当初は、アメリカで仕事をして頑張っている日本人をみて、雲の上のようなまなざしで見ていました。
英語がまったくできなくて、人と話すのが怖くて、でも日本人と会うのも妥協したようでいやだったので、人間自体と全く会わないなんていう時期も随分ありました。
それでも、時間が経つにつれて、英語もできるようになってきて、見方も随分変わりました。
いつのころからか、自分もこっちで働く、と強く思うようになり、第一歩としてインターンシップを無理やり見つけました。
あまり自分の中にこれといったポリシーというものがない人ですが、
それでも仕事をする上で、一つ決めていることがあります。
それは「どんなに理不尽なことを言われても絶対にNoと言わない」ということです。
働く上で当たり前といえば当たり前のことかもしれませんが・・・。
そして不思議なもので、これは無理かなーと思ったことも結果的にできているわけです。
コミュニティカレッジで働いている時の自分の上司も同じことを言っていました。
そういうわけだから、英語に全く自信がないのに、電話調査プロジェクトを担当してくれといった時も僕はYesといいました。
そうはいったものの、いざとなると電話をかけるのが怖くて、手が震えてきたのですが、思い切ってかけてみたら結構うまくいきました。結局150人くらいの人に電話をかけることになりました。これは自信になりました。
あとは、自分の職場主催で行われたカンファレンスの筆記をやってくれといわれた時も、二つ返事でYesといいました。約1日半、ひたすら耳をすましてノートパソコンを打ってました。はっきりいって何を言っているのかさっぱりわからなくって途中でかなり絶望的な気持ちに教われましたが、でも落ち着けば結構わかってきて、何とか乗り切りることができました。これも自信になりました。
内容は変われど、このような自分の臆病心を試すようなことは今でも日常茶飯事なわけですが、ここにきて思うのは、「何とか乗り切る」ということが非常に大事なんだということです。どのような形であれ、乗り切れば、それは自分の実績として残り、それは自信になっていくわけです。またできることだけをしていたら自分の成長はなくて、できないことに挑戦するから自分が成長するんだと心から思います。
しかし一方、できないことに挑戦して、途中で挫折する、というのは意味はありません。
結果を達成するのと、達成できないのとでは、10と0くらいの違いがあります。
円を描く時、最初の点と最後の点が結びつかなければ、99%まで描こうとも、それが決して円にはならないように、やり遂げる、ということは大事だと思います。そしてそれは乗り切れば、不恰好であってもそれは円になるわけです。どんなに不恰好な円だとして立派な円であり、それは完結していないうねった線より断然綺麗です。そしてさらに自分が苦労して描いた円は、自分の無形の財産として残っていきます。まだまだ若いので偉そうなことはいえませんが、人生とはどれだけ多くの円を苦労しながら描いていけるか、でその価値が決まるように思います。
今こうしてアメリカで仕事をしています。
実際働いてみると、昔自分の中で勝手に思い描いていたほどそこまで大それたものでもなく、職場がただ全て英語である、ということくらいしか特別なことはありません(それも日本から見ればということですが・・・)。
人間一つの目標を達成すると、そこに安住してしまう人がいます。
その目標自体たいした事ないのに、自分は大したものだと思ってしまうんですね。
自分はそうでありたくない、と思います。
常に上を見続けていきたいと思うわけです。
たまには振り返ることも必要かなと思い、いつもとは違ったことを書きました。
なんか青二才っぽいことを書いてますが、実際そうなので、その辺はご容赦お願いします。