日本でもアメリカでも抱える共通の問題の一つが、学生の学力低下です。

しかしアメリカの場合は、日本よりも問題は深刻です。

日本はたとえ学力が低かったとしても大学にいったん入れば簡単に卒業できてしまいますが、アメリカではそうもいかない訳です。だからアメリカの中等教育(中学・高校のこと)は教育政策でもよく話題になります。今日はアメリカの中等教育、とくに高校に関連した話です。


まずアメリカの高校の教育を簡単に説明すると、アメリカの高校生は、日本の高校と違って授業を全て選択しますそしてカリキュラムもその高校が所属する地区によって全く変わるわけです日本の文部省のように、全国共通の教育要綱なんていったものはありません。必修科目や選択科目も州やその地区によって変わるわけです。また高校受験なんてものもありません。


これに関して皆さんはどう思うでしょうか?


僕は昔、それを「うらやましい」とよく思ったものでした。高校の時から自分の好きな授業を学べるなんて、さすが自由の国アメリカ、なんて思ったわけです。でも今は違います。逆にそれは良くないことなのではないか、と思うわけです。


それはなぜかというと、やっぱり基礎学力というのは非常に大事だと思うようになったからです。

それはこっちの大学院を行ってから思うようになりました。職場でもそうですが、やはり頭が切れる人、仕事ができる人、というのは基礎力があります。話をしていても、様々な角度から物事を見ることができたり、説明できるわけだし、論理的思考能力や頭の柔らかさも基礎力に比例するような気がします。かつて自分の大学の創立者が「創造する力」について述べていたことを思い出します。


「『創造』は単なるアイデアとは違うものである。しかし一つのアイデアを生むことさえも、それには基礎からの十分な積み重ねが要求される。学問における創造はそれとは比較にならないほどの基礎的実力を要求するのはいうまでもない。創造の仕事は高い山のようであり、それだけの高さに達するには、広い広い裾野と、堅固な地盤を要求する。幅広い学問的知識と深みのある思索の基盤の上に、初めて実りのある創造の仕事ができるわけである」


そういうわけで、僕は基礎力をつけることを目的とする日本の高校のシステムを悪いとは思いません。ただ教える先生のレベルの低さは問題だと思います。受験勉強を批判的に見る人もいますが、高校の授業のレベルが低い以上、大学の教育の質を保つためにそれはしょうがないことなのであって、大学受験というものはなくならないし、なくしたら学力低下の問題はいっそう高まると思います。


日本の中等教育は世界でもトップレベルにあるというのは有名な話です。

これが大学になったら一気にレベルが下がる、故に明らかに問題は大学にある、と僕は普通に思うわけです。


このブログを読んで、「日本の義務教育も捨てたものではない」、もしくは「日本の大学は一体何をやってるんだ!」って思った人は、ここ をクリック。


というわけで明日は、基礎力② -大学編- について書こうと思います。