ただ、感じるままに…

ただ、感じるままに…

明るく楽しく面白く、そんな自己中心的日記

Amebaでブログを始めよう!

時は遡り、7/4(火)の午後8:15。

いつも通り仕事を終え、帰宅した。
今朝の天気予報で、今夜は台風三号が関東地方に上陸すると予報があったため、遅くならないように19時半頃に家に着いた。風呂に入り、出るころに嫁の夕飯の支度が完了するというのがいつものルーチン。
「ご飯出来たよー」の掛け声でいつも通り私もおかずを食卓に運び始める。
「あれ、今日はやけに豪華だね」
「明日からどうせ料理しないでしょ?食材を使い切りました!」
冷蔵庫の中の食材を空にするためと、明日から数日間固形物をとれないための作戦のようだ。
なるほどと感心しながらおかずを並べ終えて、食べようとした時…「ん?なんか出たかも!」と言って嫁がトイレに駆け込んだ。
状況がよくわからなかったけど、一足先に食事を始める私。すると、「おーい“〇〇”(私の名前)病院いこう!」と叫び声が聞こえてきた。
味噌汁を一口すすったところでのそのshout!に飲み込むことを忘れテンパる。

「どした?」
「分からないけど、ピンクのおしるし?か破水。」
「うそ?だって明日じゃん。今から!?」
頭の中で描いていた、明日起きてからの段取りが一瞬にして崩れ去った気がした。

予定帝王切開で午後出産だから、午前9:00に病院に着くには午前8:30に車で家を出て、車を停めて病院で説明を聞いて、その後前処置の間に俺は一旦帰って、電車で戻って来て・・・・・・・・・・・・・・・。

味噌汁を持ったまま呆然とする私に嫁がトイレから出てきて冷静に「ひとまず食べよう。」
そういって、準備した食事を何事もなかったかのようにムシャムシャと食べ始めた。
食べながら途中「そんなに食べないほうがいいんじゃないの?緊急帝王切開にでもなったら…。」
「だって、明日以降あまり食事できなくなるんだよ、今食べるよね。」
そんな会話をしながら、結局嫁が先に完食してしまい病院に電話で連絡し始めた。私はなぜか嚥下がうまくいかない。

ひとまず病院からは来てください。診察します。と電話で方針が決定したらしく、慌てて準備をし始めた。
正直テンパりすぎてあまり動作を覚えていないが、おそらくほとんどが無駄な動きであっただろう。
事前に入院準備グッズを用意していた嫁のバッグ等、持っていくと指示されたものを担いで車に乗り込んだ。
外は土砂降りである。

台風三号が迫りくる嵐の中、ワイパーをマックスにし、ソロリソロリと車を病院に走らせた。

嫁を病院の入り口で降ろし、駐車場に車を停め、準備したバッグを車に置き忘れそのまま走って病院の中へ駆け込んだ。嫁はもう診察中のようだ。
案の定、ナースステーションで母子手帳を要求され、ダッシュで車に戻りずぶ濡れになりながらバッグを抱えもう一度ナースステーションに駆け込んだ。再度母子手帳を要求されたが、この大荷物から母子手帳なんぞ見つかるわけがないと思いながら、しらみつぶしにポーチを開け始めたところで、バッグごと回収された。
「ママさんに見てもらうから大丈夫、パパさんはソファで待ってて」
バッグの行き先はナースステーションの奥の部屋のようだ。

ひとまず、息を整えるためソファに座って待つことにする。午後9時半頃だろうか。
「パパさん」…なんか聞きなれない呼び方で呼ばれたことにむずむずしながらひたすら待つ。

そこから3,40分してようやく奥の部屋に呼ばれる。

想像していた景色ではなく、ベッドに横になっている嫁からは管が2,3本出ていた。
「大丈夫?」
「背中に麻酔打たれた。痛い。やっぱ破水だってさ。」
「え?そうなの?」
そんな会話をしていたら、当直の女性の産科医が現れ、一部始終を説明してくれた。
端的に、状況によって3パターン考えられるとのこと。
①今後数時間以内に本格的に破水して、そのまま超緊急帝王切開。
②夜中から朝方にかけて状態が急変して、緊急帝王切開。
③朝まで持ちこたえて、予定通り7/5昼間に帝王切開。

説明がとても分かりやすい!と思ったと同時に、夕食をキレイに平らげた嫁に目線をやり、①だけはやめてくれと願った。
緊急帝王切開の準備のために医師をもう一人オンコールで待機させていることも説明にあった。また、なるべく①のリスクを減らすため、張り止めの点滴も打っているとのこと。
周産期医療の不規則性と病院のリスク管理の徹底ぶりを感じた。なかなか勉強になる。

嫁はそのまま管理入院ということになり、何かあれば私に電話がかかってくるとのことで、私だけ帰ることになった。明日は何もなければ9時に病院に行くことになる。

車に戻るころには、雨足も弱まっていた。
ひとまず状況を嫁の両親に電話で伝え、何かあったら連絡する旨伝え家に帰った。

バタバタして気疲れしていたのか、直ぐに寝入ってしまった。

朝目覚めると、11時半…。あれ?…あれ?…9時に病院に行くはずじゃ…やべーーーーー!!!寝坊したーーー!!
という夢で目を覚ましたのは7/5(水)の午前6時半だった。

どうやら、緊急帝王切開になることなく朝を迎えたらしい(たぶん)。恐る恐るラインで嫁とやり取りをする。やはり何事もなく朝を迎えたようだ(確信)。
ちなみに、嫁はあまり眠れなかったようである。そりゃそうだ。ひとまず和ませるため、夢の件を伝え、出発の準備をし始める。

つづく

寝ようとしても眠れません。横になって目をつぶると、自然と涙が溢れ出てきてもうどうにもならなくなってしまったのです。

紛れもなく、うれし涙なんだと思います。自分の記憶の中で、こんな引っ切り無しにうれし涙を流した経験は人生初だと思います。

学生時代の部活?・・・少し泣いたかな。

彼女ができたとき?・・・ニヤニヤしただけだな。

結婚した時?・・・これもニヤニヤだな。

うれし泣きという現象自体かなり貴重なものなので、この感情を書き留めておかない手はないと思い、枕を濡らすのをやめて今PCの前に座っております。

 

7/5(水) 午後1時5分 3300gの女の子が元気に産まれました。

予定帝王切開で、オペ室に入ってものの10~15分で産まれました。

体温低下を避けるため、産まれた直後は約10秒しか面会できず、処置室へ連れていかれてしまいました。

嫁との面会はその約1時間後で、術後処置を終え辛うじて意識のある状態で個室へ運ばれました。

その時は「よく頑張った、ありがとう」としか言えなかったけど、本当によく頑張ってくれました。

その直後に、赤ちゃんと再び面会し、家族3人で写真をたくさん撮りました。

嫁が「カワイイ、柔らかい、ママだよー」とはっきりしない意識の中でわが子の存在を確かめている様子に少しうるっときました。

とても元気よく泣き、動く姿に安心したようなので、嫁を休ませるため部屋を出ました。

 

“妊娠して出産する”

文章で書くとたった8文字ですが、この8文字に含まれる膨大なエネルギーと感情をふと思い返しました。妊娠したいと思った瞬間にできるものではないし、いろいろな環境や条件が付加される妊娠の不確かさ、最初から最後までリスクとの闘いの出産、一つ一つの出来事を振り返ってたら本当に気が遠くなるくらい膨大です。

でも、それを乗り越えて今に至ると思うと、嬉しさと、安堵感と、これまた一つ一つに紐づく膨大な感情が出てきます。

 

部屋に戻ると、少し落ち着いた様子の嫁がいましたが、如何せん帝王切開で腹を切っているので、傷の疼きが徐々に出てくるようで、時々苦悶の表情を浮かべていました。

術後で体温が上昇するのか、室温は23℃に設定され、部屋も家族もキンキンに冷やされました。

 

嫁の妹が来たので、再度赤ちゃんと対面。微笑んでるように見えます。

 

ここでも元気な泣き声を披露して喝采を浴びていました。

 

嫁の妹と両親が夕方帰宅し、私と嫁の二人きりで部屋に残りました。

特に会話らしい会話はなく、定期的に計測される血圧の値を読み上げ、うがいの補助をし、安心するというのでおでこに手を当てたり、まんが「コウノドリ」を読みながら3時間程度過ごしました。

 

帰る前にもう一度赤ちゃんに会っておこうと思い、ナースステーションでお願いし、部屋に赤ちゃんを連れてきてもらいました。

「旦那さん抱っこしてみる?」といわれ、ようやく抱っこできました。

間近でわが子を見てみた瞬間に、また涙がでましたが、同時に汗が目に入り結局余韻に浸ることはできませんでしたが、親子水入らずの安らかな時間は、とても幸せでした。嫁も痛みを忘れて微笑んでいるように見えました。

 

帰る直前に、点滴麻酔を入れ、再度意識朦朧としている嫁が「バッグに手紙があるから、持って帰って」と言いました。手紙?バッグを探すと、「Toパパ、Fromママ」と書かれたものがあったので、持って帰り読みました。

詳細は書きませんが、これまでに苦労したことや感謝の気持ち、これからのことについて想いのこもった手紙でした。

端々に“ありがとう”や“感謝”の言葉が出てきて、どちらかというと私のほうがそういう言葉を嫁に伝えなければいけないのになと、言われて改めて思いました。すぐにスマホで返信しましたが、半分素直、半分照れ隠しな文章になってしまいました。でも、妊娠出産に限らず、日ごろから健診的にサポートしてくれる嫁は本当に自慢の嫁ですし、私はそんな愛する家族の為に身を粉にしてこれからも頑張るつもりです。

 

初日は、いろんな想いが渦巻いていて感情の処理が追い付かないので、目をつぶると涙が出てくるのでしょうね。

でもはっきりわかります。愛おしい我が子、命がけで頑張る嫁、家族からのお祝い、嫁からの手紙、病院スタッフの気遣い、先生からの祝福。今日の出来事、どれをとっても私にとっては活力です。これらを想って出てくる涙は、最初にも言いましたが、うれし涙に決まってます。

 

明日以降は涙をこらえて内なるエネルギーに変えたいと思います。

泣くのはひとまず赤ちゃんに任せて。

 

次回に続く

期間が開いてしまいましたが、近況報告を兼ねて。

 

まず、5月頭のGW明けに職場が丸々横浜から東京に移動になり、社会人10年目にして初めて上り電車での通勤、そして殺人的な帰宅ラッシュという刺激を味わうことになりました。

約1か月経って、早朝出勤で朝のラッシュを回避することはできますが、帰宅ラッシュはそうはいかない。

乗るだけでも困難な電車の中で、痴漢の容疑を掛けられないよう両手を高々と掲げ、とはいえ脇の匂いは大丈夫かとあらゆることに配慮しながら必死に帰るのです。

ふと冷静に、そんな今の自分の置かれた状況を俯瞰すると、なんとも必死な姿が滑稽で、自然と笑みがこぼれてきてしまいます。

ですが、そこも注意。「もろ手を挙げたオッサン」+「ニヤニヤ顔」=「ヤベー奴」と思われてしまわないよう、奥歯を食いしばりながらその笑みさえ押し殺し、平然を装い毎日帰るのです。

 

 

そんな日々を過ごしてますが、先日、有給休暇をいただき、嫁と一緒に産婦人科へ行きました。

目的は、4Dエコーという胎児の顔やしぐさをリアルタイムで見れるという撮影のために。(正しくは診察)

結論から言うと、顔は認識できるかなというくらいで、思ってたよりもざっくりした映像でした。

実は一か月前にも一度トライしましたが、まだ逆子だったらしく全くエコー像を見ることができず、今回最後のチャンスってことでのトライでした。

今回も逆子だったら見えずじまいだったので、見える=逆子が直ったということで、わが子ながらなかなか空気読めるヤツだなと夫婦そろって感心したりしました。

 

ひとまず、子は成長曲線通りに育っており、そろそろ胎児の成長としては最終段階に入りつつあるようです。

そして、予定日まで50日を切ったので、我々もそろそろ真面目に準備を進めなければいけない時期にきました。

幸いにも、先輩ママさんやパパさんが周りにたくさんいて、意見や相談がしやすい環境にいるので、今後も頼れるものはしっかり頼って行きたいと思います。(という宣言 笑)

 

では近々またアップします。

もうそろそろいいよって思ってしまうくらい、毎年毎年この花粉の季節を迎えておりますが、なんだか相模原に越してきてから症状が軽くなったように思います。

川崎の花粉に比べて相模の花粉は攻撃力が低いようです。薬でコントロールしてるからかもしれないけど、鼻呼吸は辛うじて確保しています。

 

現在、WBCの日本VSオランダの8回裏1アウト満塁、超大事な時にブログを書いちゃう男気。

あ、2アウトになったっぽい。

 

ところで、嫁ちんと赤ちんの具合はすこぶる順調のようで、今月頭にようやく6か月を迎え、440gくらいに成長してます。

最近は胎動もポコポコ感じるようになり、たまに手を置いてるとボコっと反応します。

 

あ、満塁凌いだ!がんばれニッポン!

 

赤ちんのほうは、2回連続でエコー診断の度に大事なところをガードしてるので、性別はまだ確定ではないけど、女の子かな~(希望的観測)って感じです。

安定期ではあるけど、無事にこのまま元気に育ってくれと祈るばかりです。

 

かくいう私は、仕事が少し落ち着いているので、カッチョイイ父親を目指して、筋トレと英語学習に励む日々を送っております。

出産の準備は嫁ちんにまかせっきりなので、そろそろ介入して準備を進めていきたいと思います。

 

駆け足の近況報告でした。WBC気になる!

お久しぶりです。アメーバブログ。

 

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

 

気付けば2017年。前回の更新が2014年の12月なので、丸2年間このブログに触っていないことになりますね。可哀そうに…。

アメーバも様変わりしており、パスワードも無効化されて、あわや閲覧者としてしかアクセスできないのではと肝を冷やしましたが、アメブロの懐の深さに助けられ、ようやく戻ってまいりました。

 

2年もブランクがあると何から始めればいいのかわかりませんが、ひとまず2016年をざっと振り返ると。

2016年振り返り------------------------------

・2016年1月1日 相模原元旦マラソンで158位になる。

           記録:23分。

           肺が痛くて咳が止まらなくなる。

 

・1月~3月 鍋と熱燗で寒さをしのぐ。

 

・4月 町内会から花見の案内が届くも、2分咲きのため順延。

    仕事のため出席できず。

 

・5月~6月 陽気に過ごす

 

・7月 同期と酒蔵巡りを遂行。

    4人×2日=5升ほどたしなむ。

 

・8月 猛暑のためビールで冷却、体重が自己最高記録を更新。

    鏡を見てお腹回りの浮き輪に絶句。

    ‐15kg目標でダイエットを開始する。

 

・9月 猛暑のため水泳で冷却、ドルフィンキックをマスターする。

    カロリーコントロールもはじめ、楽勝で5kgマイナスする。

    週2でジム通いを始める。

 

・10月 余裕かとおもいきや体重が全く減らなくなる。

     地獄のホメオスタシス期間になんども挫けそうになる。

 

・11月 ホメオスタシスに負けず、3kgマイナスし歓喜の恋ダンス。

 

・12月  さらに‐2kgし10kg減達成。

     妹の結婚式にシュッとして参列。

     ペンパイナッポーアッポーペン。

 

ここまで--------------------------------

 

という1年でした。結果的に10kg痩せたという印象がものすごく強い1年でした。

ちなみに、2017年1月1日の元旦マラソンは130位、記録:22分とダイエットした分昨年より上がりました。

 

2017年も、残りの5kgを落としてさらにイイからだを目指して頑張ります。

 

また、なんと我が家にもコウノトリがベビーを運んできてくれたみたいで、7月あたりに第一子が誕生する予定です。詳しくはまた別途書こうと思いますので(絶対書きます)こうご期待。

 

それでは、今年も元気に頑張りましょう。

(先週から風邪で咳が止まらず本日休暇をいただいたのでした( ゚Д゚))