昨年も買うか迷っていていたけど

昨日、たまたま見つけて購入した10年メモ。

http://nununununu.net/nu

 

日記よりも重くなく、書く欄も少ないので負担ではない。

以前、新潮社の文庫型ものを使用していたが

あれは1年だったのと、本当に10年後まで生きているのかな、と気持ちもあり購入。

でもこうして人はダラダラしながら生きながられてしまうのか。

想像することが大事で、その想像をしやすくするためには

やはり知識が必要なんだろうけど

「お前に私の気持ちはわからない」というセリフがよくあるように

自分自身がなった上で、そいつの思考回路に沿わせないとダメなんでしょうね。

っていうのと、仮にそうなれても解決策じゃなく

相手は1人で背負う孤独を訴えているわけなので

納得しないんだろうけど。

 

雪道で氷になったところを避けながら

杖をついてヨタヨタしているお爺さんを見かけた。

人は老いていくし、それはいつかの親や友人やそして自分で

そうなった時に何を考えているんだろうな。

 

昨日は人と会わずゆっくり過ごしたせいか

今朝は5時に起きてしまいテレビをつけたら

ミャンマーの医師であり作家でもあるティーダさんという女性の

対談が流れていて、そこまでではないにしろ

日本と似ているけどと感じてしまう。

ヘイトスピーチは表現の自由ではない、

自由と民主主義は違う、というのをわかっていない感じのコメントは

今の日本でもよく転がっている。

 

休みが取れそうなので、北国の方に1人で行こうとしたが

この大雪なので止めることにした。

元はといえば聖地巡礼ではないが

水上勉の「飢餓海峡」の舞台を見たいと思って調べていたら

すでにそれをやっている人がいて、小説や随筆の跡を辿るサイトで素敵なものを見つける。

曇天の北の海峡をみてみたい。

 

 

 

中島京子「ゴースト」を読んで、その中にでてきた

ミンドロ島について書かれた本を探しに本屋へ行くがない。

15年に文庫化されているから大型書店にはあるだろうと神保町へいってみると

教養はチカラ、という幾つかの出版社が協力したフェアが設置されていて

そこでも本を買う。何かのきっかけで気になる書籍が見つかって買えるのは嬉しい。

 

ある時、数人でカラオケに行って誰かが歌っている時に

「このボーカルは最近、やたら社会的なことを言うようになって嫌になった」

と言う会話が飛び交って自分もそのバンドのボーカルのコメントをSNSで

たまに目にしていたので、その社会的というのが何をさすのかは察したが

武田砂鉄さんの本で、彼が少し切り込んだ事を書いた原稿に対し

編集者が、

「もっとみんなが読んでハッピーになれるようなものを書いて欲しい」

「読んでハッピーになるものにしか意味がないのか?」

「別に。でもハッピーなものの方がいいでしょ」

うろ覚えだけど、そんな箇所があって

手触りがよく手軽で誰も自分を責めない、

そんなものを満員電車のスマホで拾い集めて読んで

シェアして感動しあっていれば誰も傷つかない。

 

大岡昇平は、35歳すぎて戦争へ参加させられた。

こういう話に出てくる○師団というのは

第七師団が北海道のあたり…と雑に覚えていたけど

調べてみたら、いろんな地域から参加させられた3桁に及ぶ師団の各地域が明記されていて

この中の一人一人のことを考えると胸が締めつけられる。

 

楽器は裏切らないなと感じる。

子供の頃のピアノの練習では特にそんなことは思わなかったのに

大人になると感動する。

 

毎年、実家と今住んでいる近くの神社に初詣に行くんだけど

住んでいる地域の神社は毎回、辛口なオミクジの結果が多く

今年はどうかと思ったが、なかなか優しかった。

今年は何か大きなきっかけがあって

デンマークかヘルシンキに行けるタイミングがあるように祈る。

 

 

厄年が終わったせいでしょうか。

今年はわりと良い一年でした。

だけど最後の会社の納会で飲み過ぎてしまったことだけが反省。

酔おうとのもって酒を飲むと碌なことが起こらない。

良くも悪くもいろんな事が終わった年だった。

いつ死ぬかわからないなと思ったら

早くにやりたい事はやっておいた方がいいし

逆に執着する事も薄まった気がする。

でも、しんどいなあと思った。

生きてく理由ってなんだろうか。

趣味も仕事もそこまでの何かにはならない。

人生は暇つぶしといった故人の言葉が

この年齢になってよくわかる。

あるとすれば人間関係しかなくて、過去の歴史や今の世界のどこかでも

悩みや苦しいことあって

それでもみんな生きてるんだよね。

素晴らしいというより、すごい。耐えられるのだろうか。

それがギリギリのところなのか、水平なのか。

なるべく来年は身の回りのものを少なくしていきたい。

あと会社関係の飲み会で酔っ払わない。

 

AIとかそういうものが広がりをみせていて

じゃあ、なんでも機械がすごくて正しいというのは

寂しいし違う気もする。

何かで読んだものに、捕まった犯人がどうしても自供しなかったのに

ある刑事の時に急に話し出したというのがあって

それが、たまたま刑事の顔にあったケロイドの痕を見たからだという理由だった。

「その顔のは。どうしたんですか」

それは成田闘争で出来た時の傷だった。

その途端、同じ時代を生き抜いてきた人間を目の当たりにして

犯人が人生に後悔し始めたみたいな内容だったんだけど

何が琴線に触れたりするかは個々までの記憶を機械は掘り起こせない。

 

 

当たり前なんだけど知らない事って多い。

歴史の小さな事実を知ることは大切だ。

 

 

海を見に行きました。

 

この寒い時期に行きたかったわけではないが

見たいといわれたなら見ようということになり

友人が浅瀬をどんどん遠くまで歩いていく間

私は砂浜でそれを見守りました。

曇天が広がっていて海の境だけが白っぽく

強風で波が白々していました。

楽天家と思っていた友人にも海を見たくなる理由があるわけで

数年前、ベンチャーを立ち上げて社長をやっていた同期が

忘年会をやろうというので3人が集まった時があった。

集まろうといった奴が

途中から何度もスマホを見始めたので私はイライラし

「お開きにしようか」

といったらアッサリ解散になった。

会話も上の空だったし、人脈のつなぎというか

気の迷いで呼んだのかなと残された私達は話しあった。

今年になって、そいつから珍しく連絡がきたので飲んだ際に

数年前のその時の事を話し始めたので驚いた。

あの時は双子が生まれた直後と仕事でかなり参っていて

でもどうしても年末に3人で飲みたかった。

だけど奥さんが子育てが大変で早く帰らなければならなくて

それでも楽しかった。

私はあの時以来、もう会うことはないかもしれないとか考えてて

やっぱり人には添うてみよ馬には…とか何とか思っていた。

 

 

 

 

世の中の何が本当かは結局、個人個人が見たいものしか見えてないし

見てないので大きな個体差がある。

 

–こないだ旅行に行った時、その田舎に住んでいる人が

うちの村には30代以下の女がいないんだという話をしてくれた。

産業を仕切っているのは、一定の人たちで身内意識が高い。

昔ながらの性別の役割が濃厚で、女は家で男は外。

そんな土地に誰が住みたいと思うんだろう。

それでも、そのやり方を変えないなら消滅しても仕方がないのでは?

と、その土地の日本酒を飲みながら腹で思っていた。

外に出た人も、都会に出た後そこに戻っても

適齢期を超えた女は居ずらいに決まっているから帰ってこない。

封鎖的な社会に移住者は住みにくい。

聞いているだけで鬱蒼とした気分になった。

田舎の中でも積極的に新しい人を受け入れる用意をしている土地もあるだろうけど

そこにいる人たちの意識を変えることは難しい。

数十人の会社でさえ、ルールを変えるのは大ごとだもんね。

ただ同じ円の中に留まっていれば、別な円があるのではと

想定したり知ろうとしない限りずっと安泰な気分ではいられる。

真綿はゆっくり締まるのだ。

日本の行き止まりを目の当たりにした気がした。

 

という自分の会話の内容を

『たまたま出会った珍しいパターンだったんだな』としか

認知してない顔をしている友人を見た時にそう思う。

ある人が「今の現状にみんな満足しているとデータにも出ている」と

言っていたけど、満足していると言った人達は

年金もらえなくなるし正社員率も半分を切った世界で良いのか、と聞かれたら

多分、ダメなんだよね。

でも「知らない」のか「仕方ない」という言い訳をするのかわからないけど

満足していない理由の根本を話す力がないなら

イエスと言っといた方が楽。

どっちの世界も嘘ではないから何とも言えない。

 

分析の本に書いてあったが

夫婦生活は新婚当時は違いに興味がある相関率が高いが

数年後はマイナスになり、そして数十年後はさらにマイナスと思いきや

0になるらしい。

それでも人と人が番である方が

人類の仕組みにとって都合が良いって、なんてシステマチック。

 

本当に人生は暇つぶしでしかない。

「仕事でウツっぽくなっちゃって。と言っても死にたいとかじゃないよ」

と慌てて話す同僚に、別にいいじゃんと思って笑顔でいる。

病気か事故か天災かはわからないが

何らかのことで人は容易くこの世から消えてしまうし

後何回、目覚めてこの部屋の天井を見るんだろう。

 

 

 

通常、会社と家の行き来をしている日々だと

心から大声で笑うことがない。

今朝がた起きる直前にみてた夢が

無理やり珍しいくらいに自分でも笑っているシーンで、そのまま起きた。

心から笑うのが普通のことだと思ってたけど

大人になると滅多になくなってしまった。

なんとなく夢占いをみてしまいそうになって止める。

通勤途中に最近、笑ったのいつだろうと思いだしたりして

自分の奥の方でなにかが鬱屈している気がしていて

楽しく働いている人の話を読んだり聞いたりすると

こちらも元気になるけど、今の私にはそれは書けない。

部署異動をして新しいことを覚えているけど楽しかったりすることはなくて

無味無臭と感じていたが

最近になって仕事もやっぱ人だと思い始めた。

金を得る手段はさておき読書運の方が高く

最近、欲しい本を見つける確率が高い。

読書週間なので各イベントで本を買いあさっていたが

神保町に集まっている男性に限っては

一定の層がいて、どうしてだろうと。

メガネにリュックで俯き加減で、つまりはそういう人しか

本を求めに来ないのだろうか。

それか男女で見た目の意識の違い、ルッキズムの差が生まれすぎてて

その結果がこれというなら納得する。

 

街中で歩いてたら後ろから会話が聞こえてきて

「…そんなことするって、すごい暇だなって」

というのが聞こえて最近似たようなコメントを何度か聞いていると思った。

例えば、ベルマークを集める、フットサルをする、

ボランティア活動をする、週末にも仕事をする、などあったとして

空いている時間を何に当てるかは、その人の自由なので

押し付けられるパターン以外、他人は他人でしかないし

それを聞くと、その人が本当にそう思っているわけじゃなくて

単純にバカにしたいからの結果として

あいつ暇なんだな、あんなことやって意味あるの?

っていう落とし所なんだと思われる。

それを言われると「うーん」としか言いようがないし

時間はその人のものだしな。

 

 

この中で自殺についてのNPO団体を作った人が出てくる。

彼は進学校で「大学だけが人生を決めるから」と教師に言われて

それは違う、おかしいと思う。

もしここで、そういうものかと勉強を続けて大人になったら

わけもわからずに耐えるということが当たり前になってしまうと。

それで中退してアメリカへ留学するんだけど

そんな事に、その年齢で気付くなんて

どういう遺伝子や環境だとそうなるんでしょうね。

もう、その状態で大人になっちゃってる人達は

たくさんいるわけじゃないですか。

「どうありたいか」という考えがあり

その上でどうしたらいいかを実行できるのが

この人みたいに15歳とかの時点でわかるって

自分はピアスを開けるかどうかが

一番の大きな悩みだった気がするなあとか未熟さを思う。

誰かがそう言っている、そういう決まりだから、で済むのは

20歳くらいまでで、言動にも行動にも自分で理由を考えて

選ばないといけない。

 

服と靴を大量に捨てた。

人生あと少し。

安いものより気に入ったものを選別して手元に置こうという

今更なんですけどね。

そして今更、志村貴子の面白さを知って

大人買いです。展示が11月にあるらしいので楽しみ。

昔、好きだった人と結婚することになり彼の実家へ行くんですが

聞いていた通りの田舎の風景が広がっていて

義母さんも優しく、ああ私は結婚するんだから

もうあの会社も辞められるんだ、そうしたらこうして、ああして…

と思ったところで、もしかして夢なのかもしれない

って思うんですよ。

で、こんな良いことあるはずないから

これは夢なんじゃないの?って相手に確認するんだけど

居酒屋で飲んでる時にその話をすると

何言ってんのって一笑にふされて、ここまで確認したんだなら

夢のはずないかって、笑って目が覚めたら

いつもの天井なんです。

そんで会社に行く用意しなきゃいけない絶望感っていったらなくて

気がおかしくなって笑いながらシャワー浴びました。

早くリモートワークが一般的になってくれればいいんですが。

でも、毎日じゃなくて週に3日とかは会社に行かなきゃいけないのが理想。

嫌なことがないと、甘味の部分が引き立たないから。

 

こうゆうのって明晰夢っていうんじゃなかったかなと

思って軽く調べたけど

まとめサイトのうんこみたいな記事しか出てこなくて

逆にみんながこれを求めてんのかな?とも考えてしまう。

単純に自分が夢の中でも意識があることを指すんだけど

普通に考えたら、ノンレム睡眠とレム睡眠の狭間みたいな現象な訳でしょ。

それを夢の世界から抜け出せなくなる!

という内容のものが殆どで正直、夢の中でもそこまで

自分勝手にできないから。

現にその夢の中でも、義母が結納だって言ってんのに

近所の公民館に行く用事があるとか言って大騒ぎしてたし。

 

人間は他者を自分の思い通りにしたいとどこかで思ってる。

そこまでじゃなくても、便利だなとか。

だから身近な怒りの根本は、周りが思い通りにならないって事なんだろうし

基本的に悪者たちは世界を統べるというのが目的で

子供が見ても、それを悪だなとわからせる事ができる。

無人島に3人くらいで置き去りにされたら

今日は木ノ実はこれだけ取れたけど

明日の分も考えて、5つだけ食べようとか

そういうルールを3人が考えるのに

それが大勢になると自分は考えなくても良いと思う人が出てくる。

自分も意見をいうと話がまとまらないじゃない?と

物分かりがいいふりをする人がでる。

 

今朝はフランスの若い首相が

改めて自国の歴史である負の部分を認めるニュースが流れていて

なんの違いなんだろうと思ってしまう。

 

 

 

以前の都知事選で内田裕也が出てきた時に

政見放送でジョンレノンを歌った後、

「愛と情熱とハートはある」とマイクで放った。

それを高橋源一郎が、その一言は他の政治家より

よっぽど信用できたんだ、みたいな事を言って

自分も同じ気持ちを抱きました。

本当にそういう気持ちがある人の言葉は力がある。

 

会社を休んで友人の家へ行った。

キッシュの型を手土産に持っていったら

早速、作ろうという事になり

私は久しぶりに玉ねぎを切って猛烈に泣いた。

死んだ人の事は話さなくなるという民族の話をして

そこでは死んだ人の事について、あへて話す事なんてない、

という理屈らしいんだけど

確かに、いなくなった人について話すのは生きてる人間だけで

「あの時、ああだった」「こうゆう性格だった」と話すのは

話している人間たち本人の為なのかもしれない。

旦那ってどうしようもない、って言ってたけど

みんな、もっと昔からわかってたんじゃないの、とも思う。

 

毎年、お盆の時期になると

死んだ親戚が本当にいるような気がする。

そう思いたいのは自分だけなんだろうけど

前に沖縄の斎場御嶽に行った時

その日に私がそこに行くのをご先祖様たちはわかっていて、

ここに集まってきてくれていると言ってて

わざわざ沖縄まで?!と思ってしまった。

 

昔、お世話になった先輩から連絡がきた。

美味しいランチがあって一緒にどうと言われたけど

遠回しに断ってしまった。

その一時間があるなら、勉強するか本を読みたい。

先輩は働いておらず完全に旦那金持ちverの主婦なんだけど

こうしてお金と時間が都合がつく独身に電話をかけて回ってんだろうなと

なんとなく思った。

前だったら行ってたけど、もうそれに消費されるだけの

恩返しは私はしたし

向こうも向こうの道を歩んで欲しい。

生きてても死んででも

「しんだ」人の話はしない。

 

 

 

まさにこれが今、私達を取り巻く現状。

真夜中に村人たちが森の奥に集まる。

各家々で飼ってる小鹿を毎年、一匹づつ持ち寄って

縄をつけ、大きな円になっている場所で放し、そこを一回りさせる。

縄が途中で動かなくなったら鹿が森の主に

食べられた証拠で豊作が約束されるけど

ある時、その風習の最中に鹿と村民が惨殺されてしまう事件が起きた。

話し合った結果、みんな毎年、小鹿は用意できず

既に成長していた鹿を放していた事、鹿でなく野良犬だった、などの

告白が出てきてプレデターみたいに殺されていく。

という夢から目が覚めて、一体、夢とは何でしょうね。

半年に一度くらいこういう悪夢を見るんだけど

自分が殺される事はない。

深層心理とか、その日にあった事を脳が消化的できていないのが

反映されるというけど、友達と会ってご飯食べたりしただけで

どうしてなのか不思議ですね。

 

「別人手帳」という本を手にいれて

これは、いろんな人が、最高の一日を妄想して書いているんだけど

少しづつ読んでいて、とても幸せな気分になる。

自分ならどうかなと考えてしまうが

個人的には、週の真ん中あたりの平日、

通常通り目が覚めて面倒くせえなあと思って会社に行く。

だけど、着く前に何らかの理由で今日は休みという連絡が入り

(地盤陥没的な)喜んで私は友人に連絡をとり

その子の家へ美味しいケーキを持って遊びにいく。

(抹茶かチーズケーキ)

いろいろ話して楽しい時間が過ぎる。

夕方前においとまして、行きたかった喫茶店に行って本を読む。

その頃、今週いっぱいは会社は休みという連絡がくる。

明日も休みだと思うと幸せな気持ちになり

少しだけ夜更かしして、寝る。

つまりは会社に行きたくないんですな。

 

インタビュー インタビュー
 
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新聞記者の望月さんという人は、かっこいい。

メディアが紹介する憧れの女性、といった着飾った人達より

自分の仕事で邁進し前を進んでいく。

どっかで見る機会があるといいな。