近所に元高校球児のお婿さんがいる。

全国区ではなかったものの県内ではそこそこ知られたピッチャーだったらしい。高卒後、ノンプロの東芝府中に入部(入社)した。ほどなくしての新入りの練習中、ある選手から“投げてみろ”と言われ対戦し、高校時代からの決め球、自慢の縦に割れるカーブ(ドロップ)を投げ込んだところ、いとも簡単にスタンドに運ばれた

その対戦選手はその後プロ入りし、空前絶後の3度三冠王を獲ることになる落合博満である




監督落合博満の中日ドラゴンズにおける八年間を内面活写


2021年12月10日第9刷 476ページ

著者は中京地区のスポーツ新聞社所属で自ら“末席”と名乗っていた下っ端記者(当時)


なぜ

「語らないし、俯いて歩くし、いつも独りで、そして嫌われている」監督なのか?


落合博満を追い、語らせ、考え抜き、そのナゾを“活字”にして、監督落合博満をあぶり出す。


落合監督八年間のチーム成績

2004年 リーグ1位

2005年 リーグ2位

2006年 リーグ1位

2007年 リーグ2位 CSを勝ち抜き日本一

2008年 リーグ3位

2009年 リーグ2位

2010年 リーグ1位

2011年 リーグ1位


12球団中50年以上も日本一になっていなかった唯一のチームが中日ドラゴンズだった


輝かしい成績にちがいないが


なぜ監督は嫌われたのか?


落合選手はロッテオリオンズ(現ロッテマリーンズ)在籍中に三度三冠王を獲得した後、当時の星野監督に“引き抜かれて”中日ドラゴンズに入団、そして主砲として“優勝請負人”の面目を躍如し、ドラゴンズを歓喜に導いた…

という男が今度は監督として中日ドラゴンズに来るなら歓迎されてしかるべきであったが…

(以下太字は本文より引用)

それなのに今、この球団において落合の面影は意外なほど薄く、選手やスタッフにはアレルギー反応のようなものさえある。



〇川崎憲次郎のヤクルトスワローズ時代は巨人キラーとして勝ち星を重ねてきた豪腕投手だったが、中日ドラゴンズ移籍後の三年間は一軍で一度もマウンドに上がれないでいた…


…を就任一年目の落合監督はなんと「開幕投手」に指名→常識的にあり得ない

一軍の試合に出られぬも年棒2億円プレーヤーの本人は奇跡的なカムバックを夢みていたが…

投げるたびに川崎の右肩には電流を流したような痛みが走った…実際に一軍のマウンドに立ってみてわかったことがあった…この肩を治す奇跡はどこにも存在しない…「うちは来季、お前と契約はしない」落合は淡々と告げた…おそらく自分はもう、どの球団に行っても一軍で投げられるような状態ではない…それが川崎の心の芯に響いた…

覚悟を決めかねていた川崎に落合は納得できるかたちで引導を渡すことができたのかもしれない



〇森野将彦は高校からドラフト2位で入団した期待の内野手で毎年“今年こそはレギュラー”との評価を受け続けたが叶わず10年近くのシーズンが過ぎた…


…を生え抜きの天才打者でミスタードラゴンズとして地域的英雄として信望厚い立浪和義三塁手に換えてレギュラーに据える→(実力的にも球団スタッフ・選手間の信頼関係としてもファン心理から考えても)常識的にあり得ない

※落合はベテランの域になった立浪の守備力が落ちているのを見抜いていた。それを補うために森野に地獄のノックを課して心身両面で鍛え上げる…

(オープン戦で全治六週間のケガを負い)「何やってんだよ」その顔には落胆の色があった。一瞬だが、あの落合が眉尻を下げて、困ったような顔をした…森野は泣いた。予期せぬ涙は、源泉がどこかわからないまま、とめどなくあふれた…これほどまでに何かに執着し、欲したのは初めてのことだった…

才能があり将来を嘱望されていた森野は立浪の存在の大きさからレギュラーポジション獲りへの貪欲さを持ち合わせていなかったが落合がそれを見抜いて森野を本気にさせることができたのかもしれない



〇吉見一起は2009年のシーズン間もない登板で阪神タイガース相手に7回までを完璧に抑えていたが8回のたった1球の失投によって1点差を守り切ることができなかった…


…を落合は新聞紙上で「130球投げたって、一球だめなら全部、無駄になる。何も残らねぇってやつだ…」と言ってのけた→(普通の監督・指導者なら好投にむくいるコメントをするものだから)常識的にあり得ない

※吉見はドラゴンズの絶対的エース川上憲伸のような豪速球に憧れ速い球を追い求めていたが捕手谷繁や投手コーチ森繁和からは「お前は低めに投げてゴロを打たせるタイプのピッチャーだ」と指摘され迷い始める…

吉見はプロ三年目の2008年に先発とリリーフの二役をこなしながら、川上憲伸を上回る十勝を挙げた…それによって…「新エース」と書き立てるメディアもあった。だが、落合はそんな吉見に向かって、こう囁いた。「ただ投げているだけのピッチャーは、この世界で長生きできねぇぞ…」

ロマンを追い求めていた将来のエース候補吉見にピッチャーとは何かエースとは何かに気づかせたかったのかもしれない



その他…

日本シリーズで8回までパーフェクト投球をしていた山井に代え9回にリリーフエースを投入した前代未聞の交代劇や、リーグ優勝後の大胆(非道)なコーチ・スタッフ陣の首切り人事

などなど…

監督落合の“勝利の哲学”を理解するためのエピソードが書かれているが、紙面の関係上割愛する。


この本、読めば読むほどに余計、落合監督の真の姿がよめなくなってくる。


組織を束ねる監督・指導者たるもの、勝利を求めるなら、選手・コーチの総力を結集させていく必要があるだろう。

そのためには選手などと信頼関係を結んでいかなければならないはずなのだが、落合監督の場合は、人が自分のことをどう見ているかなどは意に介さないように見え、その視点の先は他の凡人とは違うところを見据えている気がしてくる。


勝利を追求する

監督とは?


選手を育てる

指導者とは?



そういったことを考えさせてくれる一冊である