右は学校の教科書のように淡々と丁寧に書かれているものの、知識習得または学識教養の再定着とすればどんどん読み進めていくのは困難で、ときどき本を閉じて脳内フォルダを整理しなければならない。この本真面目すぎるのが玉に瑕で、学校の授業であったらやっぱり休み時間がほしいところ。けれど文字を追うのは止めたくない。
そこで左の本を組み合わせて読書することにした。右側の本が理科なら左は国語あるいは社会になるだろうか。新鮮な感じに頭が切り替えられるような気がする。並行読書、マルチプルリーディングで、それを“饅頭煎餅効果”と命名したらどうかと思った。甘い饅頭の後にはしょっぱい煎餅、そしてまた饅頭という“お口直し”が多食ならぬ多読につながる。品のよいおつまみとほろ酔いできるお酒との晩酌セットとも言える。化学史がおつまみで文芸評論の方がぬる燗の日本酒といったところ。
つまみは血になり肉になり酒はよい気分にさせてくれる


ほろ酔いできる「『細雪』とその時代」

2月に読み終えた「細雪」の優雅な小説世界にもう一度浸るを目的に手に入れたのだが、開いてみると、そのほろ酔い感は著者自身の方が味わっている気がしてきた。それも気分よく。

細雪は三女雪子の東京と芦屋の往還の物語だとしてそれをあえて時系列でまとめたり、蒔岡本家、分家、長女鶴子の夫が栄転のために移転した東京の住居、次女幸子の夫貞之助の勤め先、四女妙子のアパートや彼氏板倉の仕事場、雪子の結婚仲介役井谷の美容室などを実際の地図上に表してみたり、谷崎潤一郎本人と松子夫人やそれを取り巻く人たちと小説の登場人物とを重ね合わせたりして、主に阪神間に展開される大正ロマンや昭和モダンに思いを馳せる様子が生き生きと語られ、その著述の歓びが読者に伝わってくる。

細雪の世界が語る“その時代”の文化芸術歴史をひもとくを通して、川本はん自身がノスタルジーに浸っているのではないか。

細雪を味わい、その楽しい宴に同席したわても気分よく酔わせてもろた。

ま、しかし
戦局、風雲急を告げる時代にあっても雅な世界が描ける谷崎潤一郎は、今で言う上級国民だったのだろうと思う。


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蒔岡家三女雪子の婿さんをさがしてくれる井谷夫人のモデルが日本で最初に美容院を開設した(髪結いということばから美容ということばを初めて用いた)山野千枝子だという(実際に神戸に店を開いた)。朝ドラ「おちょやん」の前に再放送されている「あぐり」の主人公あぐり(吉行淳之介の母)が美容師を目指して弟子入りする人物モデルが山野千枝子ということらしい。あの山野愛子は時代的にその後。