最近、アルバイト先に外国人の新入社員が入ってきた。日本語はカタコトだけど、すごく勉強熱心な印象。ハンディの使い方と接客を教えることになった。説明して理解はしてくれたけど、実践するとなかなか難しい。それは最初だから当然のこと。

自分の接客と新人さんのフォローと確認をしなきゃいけなくて大変だった。自分より後に入ってきた人が少なくて、2年働いてるけど人に教えた経験が少ない。指導力不足を感じながらも、客をさばきながら教えてながら、店を回せたことには達成感を感じた。

外国人と言えど、社員さんとして入ってきたから、社員さんに厳しく指導されるのは当たり前。社会の厳しさを目の当たりにした。できがいいのか悪いのか、立場上自分が評価できるものではない。それもあるけど、ただ自分は、他人の態度を見て自分の態度を変えたくない。どれだけ周りがキツくあたっても、自分は1つ1つ丁寧に優しく教えたい。でもそれは、甘やかすとは違う。

自分が入った時、社員さんやバイトの人が怖くて教えてほしくても聞にくいと感じたことがあった。孤独感も感じた。新人が馴染めないのも指導されるのも当然な事だけど、行きたくないって思うことがよくあった。分からないことも、進んで聞けなかったら成長しない。一方的に教えてもらうだけじゃ身につかない。自分で考えて、分からないことは遠慮なく聞ける環境がベストだと思う。だから自分は、怖くて聞けない人にはなりたくない。いつでも分からないことが聞ける人でいたい。でもダメなことはダメってしっかり言わなきゃいけない。そこだけはけじめをつけたい。


組織は厳しい人だけじゃ成り立たないし、そんな組織じゃ自分は絶対にやっていけないと思う。自分が弱いからこそ、フォローしてくれる人の存在が救いで、自分もそういう存在でありたいと思う。そもそも自分には感情的になって指導することができない。怒ることが正しいか間違ってるかについてはまた別の日に書こう。指摘をしながらもフォローとかコミュニケーションとかは分け隔てなくしたい。
それが自分が目指す指導像なんだろうな。

あまい考えだって言われるのかなぁこれ。