『屋根をかける人』   門井慶喜 著   角川文庫

 

私は関西に住む設計屋です。なので本書の主役、ウイリアム・メレル・ヴォーリズのことは無論知っていますし、実は学生時代にもこの建築家とは色々ご縁があったのでした。ということで、彼の小説があると知り早速ゲット。

 

ただ、知っていると言っても実際はかなり浅くて、明治の終わりごろ日本にやってきた建築家だということ、そしてメンソレータムを売る「近江兄弟社」をつくった人だということ。そしていくつかの彼による建築作品くらい。

 

こういう一代記的小説は、その人に関しての知識を深める意味で非常によいものですよね。また、単なる「年表」ではなく生身の人間としてその人を感じ取れるところこそが、その最大の魅力だと思います。本書もそうでした。

 

最初YMCAの伝道師として来日した彼が、建築の世界で名を知られていくその道筋、メンソレータムの日本での販売を担っていく経緯、そして華族・一柳家の令嬢、満喜子との結婚など、人間ヴォーリズがよく見える一冊です。

 

本のほうは「特に建築関係者は是非ご一読を!」と絶賛お薦め。ただ今日は少し私とヴォーリズとの因縁を書いてみませう。1967年生まれの私は、1985年に大阪市立大学(現大阪公立大学)の工学部建築学科に入学しました。

 

三年生(関西では三回生とも言いますね)になると建築学科での自分の「研究室」を選ぶのですが、そこで私が選んだのは、学科内で一番少数派の「建築史研究室」でした。担当教官は西洋建築史の研究者、福田晴虔先生です。

 

いま思えば私の「古いもの好き」が為せる業とも言えますが、当時は建築史に興味があったというより、福田先生のお人柄に惹かれてというのが正直なところ。在籍学生が4人という小さな、しかしとても楽しいゼミでしたね。

 

研究・指導の合間に先生から教えてもらった「コントラクト・ブリッジ」なども良い想い出。そして時々この福田研にいらしていたのが、京都工芸繊維大学の石田潤一郎先生、そして大阪芸術大学の山形政昭先生だったんです。

 

当時はお二人ともお若く講師あたりだったと思いますが、この芸大の山形先生がヴォーリズの研究者でした。ご研究の話もお聞きした記憶がありますし、芸大との共同活動で、建築史研として非常に意義深いことも出来ました。

 

それは、肥後橋に建つ「大同生命ビル」の実測と図面化。現在同じ場所に建っている大同生命ビルの前にあった先代、ヴォーリズ設計の建物です。1987年に解体発表、1990年解体、その前に建物の詳細を記録する作業でした。

 

若い方々はご存知ないと思いますが、「北浜の三井住友、肥後橋の大同生命」と言われた、堂々たる名建築だったんです。無論山形先生や福田先生は解体撤去への反対抗議活動をしておられたでしょう。しかし、それも空しく。

 

当時、他に何度も「無くなる建物」の実測と図面化をやりました。学生ながらに「勿体ないなあ」と感じたし、中でも大同生命ビルのことは強く記憶に残っています。山形先生はどんなお気持ちだったのか、今そう思いますね。

 

ここで今日の本に戻ります。なので本書の末尾に「山形政昭先生のご教示を得ました」の文字を見た時は、何とも複雑な感情になった次第。今70代の筈の山形先生のご健在は嬉しく、ただ「無くなる建物」の悲哀もまた蘇って。

 

というのは本書の終盤、ヴォーリズも自分がつくった建物を戦争で喪うという哀しい場面があったんです。学生時代建築史研究の一端に携わりヴォーリズ建築にも触れてきた私には、尚さら琴線に触れる部分の多い物語でした。

 

本書のタイトルは、建物を建てる意味と、日米間に「屋根を架ける」の意味だと思われます。帰化した近江八幡の建築家ヴォーリズと、いま滋賀県で古い建物の再生を手掛ける私との間にも、もしや何かが架かっているのかも?

 

 

 

 

 

via やまぐち空間計画
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