『風神雷神』上下巻  柳広司 著   講談社文庫

 

近世の絵師を題材とした時代小説を、好んで読んでいます。北斎や写楽など浮世絵師たちを扱ったもの、永徳や探幽など狩野派のもの、長谷川等伯もありましたね。今回はその中でもレアな、俵屋宗達を主人公とする物語です。

 

宗達を題材にした小説は、これまで辻邦生の『嵯峨野明月記』しか知りません。しかもそれは独白のみで構成されるという変わった小説でした。また評論の方では古田亮『俵屋宗達 ~琳派の祖の真実』から多くを学びました。

 

小説の題材になりにくいのは、やはり「謎」が多いからでしょうね。宗達は16世紀末から17世紀前半を生きた人物ですが、その生没年すら特定できていないようです。遺された作品たちの制作年代、制作順序にも諸説ある状態。

 

なにせ本書タイトル・表紙にある『風神雷神図屏風』ですら、署名も落款も無いのです。ですから正確には「伝・俵屋宗達筆」なんですね。人物や作品についての文献資料が少なく、依然として謎に包まれた絵師であるらしい。

 

そんな人物を主人公に小説を書くというのはかなりの難事業だと思いますが、だからこそやり甲斐があるのかも。しかも作者は推理作家だと思っていた柳広司(こうじ)、一体どんな小説なのかと文庫化を待ちわびた作でした。

 

氏の作品自体が初めてでしたが、正直なかなか良く出来ていると感じましたね。時代・文化を描く緻密さとエンタテイメント性、そのバランスが上手くとれて飽きずに読ませ、かつ読み応えもあり。上下巻580頁を一気に読了。

 

謎の絵師を描くのですから、無論そこにはこれまでの研究をふまえた作者の「仮説」があります。人物像しかり、交友関係しかり、制作年代しかり。時代小説とは全てそうした仮説に基づく物語を楽しむものと言えるでしょう。

 

本作で構築された物語は、文献からは最もわかりにくい筈のもの、即ち「人間像」がなかなか良く描けていたと思います。宗達本人をはじめ、角倉素庵、本阿弥光悦、烏丸光広、三宝院覚定などなど。出雲阿国も出てきますよ。

 

小説の大きな楽しみには、登場人物たちが如何に活き活きと物語を紡いでくれるか、というポイントもありますよね。さらに時代小説では、時代背景描写がその物語に絡んでくることによる「うねり」もまた魅力のひとつです。

 

本書の最初の場面は「醍醐の花見」。天下人・秀吉が1598年に醍醐寺で開催した一大イベントですね。そして33年後、1631年に宗達は『関屋澪標図屏風』を醍醐寺へ納める。彼が生きた時の流れを感じるこうした描写も上手い。

 

時代は、秀吉の時代から江戸幕府・徳川の御世への大きな変革期であったわけですが、この物語の舞台は京の都。新生幕府と朝廷との軋轢についても折々に語られていて、全編を彩る京言葉が醸すやんわりとした毒もまた楽し。

 

総じて、柳広司が立てた仮説は大いに私を惹き込み面白がらせてくれました。史実を基にしたフィクションとは言え、それを破綻なく魅力的な物語世界へと構築するのは至難の業、時代作家としての次回作にも期待したいです。

 

実は、原田マハにも『風神雷神 Juppiter,Aeolus』なる作があるんです。表紙も同じ絵。それは評伝小説ではなく宗達の作品をめぐって繰り広げられる現代小説のようですが、芸術に造形深い作者ですから、これは必読ですねw。

 

 

via やまぐち空間計画
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