『おもちゃ絵芳藤』   谷津矢車 著   文春文庫

 

基本的にTV嫌いの私ではありますが、NHKの大河ドラマ『青天を衝け』だけは毎週楽しみにしています。元々江戸時代の日本に興味があるので、その変革期たる幕末の動乱が如何なるものだったか、とても気になるわけですね。

 

また、江戸の日本で最も私の興味を引くのはいわゆる近世美術。中でも浮世絵の類です。趣味とする古い器集めとはまた別に、ジャパニーズアートとしての浮世絵と、それをつくり出す版元と職人たちの技術体制に惹かれます。

 

浮世絵師の中で一番好きなのは、歌川国芳。彼は幕末の人物で、明治維新の7年前に没しています。ではその弟子筋は明治維新を経験しているはず、そうした「絵師たちの御一新」の物語を読みたい、とずっと思っていました。

 

前置きが長くなりましたが、本書がまさにそれなんです。主人公は国芳の弟子、歌川芳藤。そして同じく国芳門下の月岡芳年、落合芳幾、河鍋暁斎。これは浮世絵の世界にもやってきた大変革期を生きる四人の絵師の物語です。

 

無残絵を得意とした「血まみれ芳年」、国芳門下を離れ狩野派の技をも吸収した暁斎、明治の世で「新聞錦絵」に挑んだ芳幾。こうした癖の強い面々に比べ、主人公芳藤は丁寧な仕事だけが取り柄、己の限界を知り悩める人物。

 

華がないと版元から言われ、子供向けの玩具絵で糊口を凌ぐ「おもちゃ芳藤」。三人称で語られつつも、物語は彼の主観をメインに進んでいきます。彼から見ればかなり厄介な上の絵師たち、また国芳の二人の娘達との関係が。

 

江戸時代、狩野派などの絵師は大名を始めとした「お大尽」をパトロンとし、浮世絵師たちはメディアたる版元を通じて庶民の求める絵を描いていました。しかし明治維新という社会体制改革が、その双方を変えてしまいます。

 

パトロンが消失し、庶民の求める主題も大きく変わる時代。そこに必死に喰らいついて生き抜くのか、あるいは別の生き方なのか。己の存在意義を問う激しい時代の有様は、華の無い男の目線でこそ波の高さが更に際立つよう。

 

また、明治維新に伴い徐々に一般化した「写真」というものも、絵師たちにきっと「絵師とは何か」を問いかけたことでしょう。本書には「光線画」で一斉を風靡した小林清親が陥る写真への苦悩についても描かれていますね。

 

私が知らなかった事実も載っていて、建築業界では知らぬ者の無い明治の建築家ジョサイア・コンドルの登場には一驚。彼は河鍋暁斎の弟子でもあったらしい。彼を通じ海外の「浮世絵マニア」の動向も知ることが出来ました。

 

「時代に翻弄される」という言い方がありますが、まさに明治維新前後にはそうした人々が数多居られたのでしょうね。その激動ぶりを私達がリアルに感じるのは困難で、このような「ある人生」を繋げていくしかありません。

 

そういう意味合いからすると、『青天を衝け』を観ている今この物語を読めたのはタイミングとしてなかなか良かったと思う次第。変わるもの、変わらないもの、そのグラデーションを絵師の眼を通じて体感できた一冊でした。

 

via やまぐち空間計画
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