『北斎になりすました女 ~葛飾応為伝』   檀乃歩也 著   講談社

 

読書は私の日常の大切な一部です。読み終えて皆さんにご紹介したい本も、このブログで綴ってまいります。

 

江戸文化全般に興味があり、中でもアートの分野にはとても惹かれます。宗達、光琳、抱一、若冲、写楽、歌麿、国芳と名を挙げればきりがありませんが、一般的な話として、もし江戸の絵画作者で一人だけ選べと言われるなら、おそらく画狂老人こと葛飾北斎の名を挙げる人が多いのではないでしょうか。

 

私もその画業、そしてその絵への執念において北斎を大いに評価するものです。そして北斎との関連もあって昨今ぐっと脚光を浴びている人といえば、北斎の娘葛飾応為でしょう。杉浦日向子の漫画『百日紅』も面白いし、朝井まかての小説『眩(くらら)』は映像化もされましたね。私もどちらも観ています。

 

上の二作はフィクションですが、本書は応為研究の今を外観するノンフィクションです。著者はテレビ番組の制作者で、この本もBS番組の内容へ更に取材成果を追加して書かれたものだそう。堅苦しい研究書などよりはずっと読みやすく、やはり職業柄かその記述にもエンターテイメントの要素も垣間見えて、引き込まれ一気に読了しました。

 

葛飾応為の代表作といえば、ひとつはこの本の表紙にもある「夜桜美人図」でしょう。そしてもうひとつが「吉原格子先之図」、この絵です。

このふたつの作でわかる通り、応為は「光と影」を描く浮世絵師。「江戸のレンブラント」などと称されたりもしますね。本書では、応為がこうした絵をつくるようになる経緯についても描かれていますが、タイトルが示すようにその主題は「北斎と応為の協働」。そしてそれもまた彼女の絵の如く「光と影」ではなかったか、と。

 

最近、伝北斎作の浮世絵のあちこちに応為の筆らしきものが見つかり、親子の協働関係のあり方が徐々に明らかになってきているようです。本書ではそうした研究者の取組みも紹介され、あるいは北斎に詳しい人なら知っている「シーボルト事件」との関係、さらには北斎の金銭事情と「青い絵の具」との関わりなど、ノンフィクションならではの興味深いテーマがいくつも出てきます。

 

なので、『百日紅』や『眩』で葛飾応為に興味をもたれた方には、そこからもう少し進んで応為の作品世界に入っていく旅の案内役として大いにお薦めできる一冊です。昨今こうした江戸文化研究も大いに進展しているようで、好きな者としてはこうした良書がたくさん出ることを願ってやみませんね。

 

ちなみに浮世絵の分野で言うと「写楽は誰なのか」という問題が有名です。最近は阿波の能役者・斎藤十郎兵衛だとの説が有力ですが、「写楽は北斎である」という説を唱える方もおり、読むとそれにも一理あったりするので謎は尽きません。諸説の決着には決定的な往時の資料の発見が待たれますが、まあ謎は謎のままがよい、という気分も一方にあるというのが私の本音です。

 

なお、本書でも応為の絵に関してまだ解かれていない謎が提示されていて、それが実は私も初見からそう思っていたものでした。上の「吉原格子先之図」で、格子に近づいている遊女がいますね。そしてその手前の男は提灯を持っている。男の顔は照らされているのに、この遊女の顔はなぜ真っ暗なのか?提灯の位置からはそうならない筈なのに。

 

そうした謎をまだ秘めているが故に、私はこの絵がとても気になります。謎もまた絵の魅力のひとつということでしょう。人は謎めくものに惹かれる、ということもありますから。

 

via やまぐち空間計画
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