今古賀城址に残る470年前の板碑 (今古賀にお城があった!) | やもけんのブログ

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柳川の物語を集めて編んでいます。

柳川の方でもご存知ではない方が多いかもしれませんが、
柳川市三橋町の今古賀には以前、今古賀城があったといわれています。

現在の今古賀公民館付近(ジョイフル柳川店の南側の細い道に入り50mほどして左手に木造の公民館が見えます)がそうであったと考えられるそうです。
先日、はじめてトモもその辺りをウロチョロしましたが、
城堀と思われるようなものがいくつか見受けられます。
(用水路と城堀を感覚でですが、見分けられるようになったトモ)

その今古賀公民館前にひとつの板碑があります。
これは、470年前のものです。
$やもけんのブログ-今古賀1
さすがに昔のもので今では文字も判別不能ですが、
資料には全文ではないものの判別された文章が載せられています。

そこにはある一人の女性が浮かび上がってきます。
蒲池鑑憲(かまちあきのり)の妻「乙鶴姫」です。
鑑憲は蒲地氏の婿養子(旧姓:藤原)となります。

実はこの板碑は、この乙鶴姫の弔い上げの碑なのです。
先日ブログで預修のお話をしましたが、
乙鶴姫も預修をしており、
33回忌を終えたことを伝える碑といわれています。

この碑の特徴は
「釜憲妻女同姓乙鶴雅称理中法名妙義大姉寿位」
これを解読すると(高野山大学付属図書館司書の木下浩良さん<三橋町出身>による)
●乙鶴=実名
中世石造物に実名は珍しい
●理中=雅称(和歌を詠む時のペンネーム)
雅称を刻するものは全国唯一
また、乙鶴が和歌を詠む生活、雅な生活をおくっていたことがわかる
●妙義大姉=法名(戒名)
大姉とは権力者が使用するもの
結構お金がかかる

この3点セットが書かれている石造物は全国的にみても唯一のものだそうです。

是非この辺りに、一度行かれてみてください。
まだまだ物語がたくさんありそうです。

$やもけんのブログ-今古賀3

$やもけんのブログ-今古賀2
しかもこの公民館は元お寺(平浄庵)だった!?

いやあ物語の宝庫かもしれません。
調査続行


トモ