12人産んだ助産師HISAKOさん、ふぃっしゅさんブログのまね発掘6回目。
・まねブログ ”カンガルーケア(1)(2)
・骨盤ベルトとか骨盤矯正とか。
昔のお産から「見えてきた」?
ふぃっしゅさんのブログを読んで知ったこと じゃないのかな。
このブログは論文からのまねもあります。
長くなるのでまた次回。
2019-10-03
昔のお産は過酷でした。そこから見えてきたこと
元記事
ふぃっしゅさん
2012-11-24
青 元記事
昔の日本人が、産まれたばかりの赤ちゃんをすぐに人間社会の一員とは認めず、神々からの預かりものとして、養育できないときは容赦なく間引いた。(p.100)
当時、赤ちゃんはまだ人間とは認められず
神からの預かりものとして扱われました。
預かったけど、養育できないと判断されたときには
容赦なく産婆が間引いて
神に「子返し」をしたそうです。
板橋氏は他の引用などから総合して、「トリアゲバアサンは生殺与奪権を持ち、
産婆は、小さな命を魔物から守るのか
それとも神に返すのかの決定権さえも持っている、
現代とは異質な『いのち』の認識を持って出産に対峙していたと考えられている。」と書いています。
現代の助産師とはまったく違った価値観、
違った立ち位置でいのちを認識し、
お産に立ち会っていたのですね・・・。
肛門がよく見えない位置で介助すれば赤ちゃんに便が付着したり、処理しきれなくて産婦さんや介助者自身にも付着する可能性があります。
助産師が産婦の肛門がよく見えない体勢で分娩介助したとき、
「綺麗なお産」は一気に難しくなると思います。
四つん這いの姿勢だと会陰よりも肛門が高い位置になるので、うまく受け止めきれなければ、それこそ重力で赤ちゃんの方向に落下してしまう可能性があることでしょう。
よくよく考えてみると ←ふぃっしゅさんのブログ読んでみると、では
わたしが経験した四つん這いの姿勢って、
赤ちゃんが生まれてくる産道より、
肛門が高い位置にくるので
便が出てきたとき、助産師がうまく受け止められなければ
赤ちゃんに付着してしまいます。
新生児と分娩介助者を不必要な細菌汚染から守ることも、看護の基本として大事ではないかと思います。
免疫機能が未熟な新生児に、
産婦の便が付着することは絶対に避けなければなりません。
仰臥位のお産は、たしかに医療者にとっては処置もしやすい体勢です。
仰向け分娩は分娩介助がしやすいように
という医療者側の一方的な都合だけじゃなく、
でも現実には産婦さんの清潔さや快適さにもつながることであり、近代産婆の時代になって取り入れたのではないかと思います。
医学的知識を持つ産婆たちが
安全なお産と、快適な産後、
重力がかからないように仰向けで安静にさせることで
異常出血などのトラブルから多くのママたちを救った、
という背景が見えてきます。
この本では、近代産婆が批判しやめさせた「夜詰め(よづめ)」と「産椅(さんい)」という風習も書かれています。
過酷な座産から
仰向けのお産に改革していった
2012-11-25
青 元記事
フリースタイル分娩やアクティブ・バースという分娩スタイルが、あたかも最先端の分娩介助のごとく捉えられているが、分娩時の体位は歴史的な文献からも分かるように、本来は垂直位が主流であった。
赤 12人産んだ助産師HISAKOさん
今の時代には
フリースタイル分娩、アクティブバース、
『自由な体勢で自分らしく産むお産』
が華々しく語られます。
しかし医療者側の取扱いやすさや、「安全」の名のもとに、医療者主導で水平位が用いられてきた経緯があり、医療者の前では受身である産婦の意思や尊厳は、軽視されてきたとも言える。
分娩台の上で仰向けでの出産は
医療者側の都合であり、
足を固定されたり、点滴や分娩監視装置で
産婦の行動を阻害する医療介入は
産婦を一人の女性として、人として
尊重しているとは言えず、
人格を無視した行為であると批判されたりもします。
元記事
ふぃっしゅさん
2012-12-01
青 元記事
夜詰の慣行のように、七日間もじっと座っているという耐え難い苦しみを与えてきた習俗は、近代産婆から真っ先に批判されるものであった。(p.94)
赤 12人産んだ助産師HISAKOさん
過酷な座産から
仰向けのお産に改革していったことは
当時、産婆が堕胎に深く関わり、堕胎のための売薬を業とするものもいたため、明治政府はこれを大きな問題としたのである。(p.104)
彼女たちは、
生まれてくる赤ちゃんをただ取り上げるだけではなく、
堕胎に関わることも役目だったそうです
堕胎は江戸時代から明治初年における出生調節の最も確実な手段の一つであると人びとに認識されていたのである。
結局、江戸時代の受胎調節の確実な手段は
『堕胎』しかなかったそうです。
産婆の業務は正常分娩の介助に限られ、薬剤・産科器械の使用が禁じられた。
異常分娩は産科医の仕事で、
わたしたち助産師は正常分娩を取り扱う。
前回までの記事で紹介した夜詰やヨトギも「赤子を獣や魔物から守る」ことも「子どもの『いのち』をこの世に安置してくれる呪術者としての産婆」(p.106)の機能であり、また祈祷者として立ち会っていたことも書かれています。
生まれてすぐの母子は魔物に狙われると信じられ
産婆は、小さな命を魔物から守るのか
それとも神に返すのかの決定権さえも持っている、
呪術的な祈祷者としての役割もありました。
「白沢村では、近代産婆が登場してから、ふとんの上でお産をするようになった。すなわち仰向けに寝た姿勢の出産である」(「叢書いのちの民俗学 出産」p.110)のように、「仰向けのお産」は近代産婆、つまり医療が出産に介入することによって取り入れられたという批判に使われますが、それは長いこと女性を「血のケガレ」として縛り付けていたさまざまな因習から解放された時代でもあったことにもう少し目を向ける必要があるのかもしれません。
わたしの大先輩、
産科知識を持った有資格の産婆たちが
仰向け分娩を勧めていったことで
女性は本当の意味で
自由を与えられ解放されたのかもしれないと
思います。
2012-12-03
青 元記事
当時、産婆は医学教育を受けた母子保健の専門家であり、昔からの習慣などを改めさせる側であった。
産婆がやめさせたお産の風習には、前節で述べたような座産や、畳を上げて産床を作る習慣、産ぼろの使用などがある。
赤 12人産んだ助産師HISAKOさん
過酷な座産から
仰向けのお産に改革していったことは
当時の産婆や施設分娩に移行する昭和30年代(1950〜60)までの助産婦にとって、仰向けのお産というのは医学的な理由とともに、もっと社会的な面でも産婦さんの快適性に貢献した点もあったのではないか。
医学的知識を持つ産婆たちが
安全なお産と、快適な産後、
重力がかからないように仰向けで安静にさせることで
異常出血などのトラブルから多くのママたちを救った、
という背景が見えてきます
2012-12-13
青 元記事
当時もすでにアクティブ・バースの影響で分娩台に対する批判があったことは記憶にあります。
主に「同じ姿勢で動けない」「足を固定される」という点だったと思います。
赤 12人産んだ助産師HISAKOさん
産婦の行動を阻害する医療介入は
これは決して「産婦さんの自由を奪う」ことが目的ではなく、他の手術時にも手足を拘束するのと同じで「清潔野を不潔にしない」ことが最大の目的だったのだと思います。
仰向け分娩は分娩介助がしやすいように
という医療者側の一方的な都合だけじゃなく、
出産する女性と赤ちゃんのことを
最大限に尊重し、大切にした結果で
あったとも考えられます。
分娩時も産後も
医学に基づいて母子を安全安楽に擁護するという
現代に近い思想への変化の証だったのだろうと思います。
そして分娩台の仰臥位のお産(正確にいえば半座位ですが)は、決して医療者の怠慢でも習慣でもなく、
仰向け分娩は分娩介助がしやすいように
という医療者側の一方的な都合だけじゃなく、
おおよそ一世紀にわたって安全な出産のために古い習俗や衛生観念との闘いの中で築いてきた方法であったということです。
わたしの大先輩、
産科知識を持った有資格の産婆たちが
仰向け分娩を勧めていったことで
女性は本当の意味で
自由を与えられ解放されたのかもしれないと
思います。
