12人産んだ助産師HISAKOさん、せかいしそう 連載「おかあさんのミカタ」のまねブログです。
元記事はことわざ「三つ子の魂百まで」を糸口に、いわゆる「3歳児神話」や3歳という区切りの意味をひもとくもの。
対して、助産師さんブログからは正直いまひとつ主旨が汲めませんでした。
タイトルにある「人生を決める脳のパターン」の話は、助産師さんブログにも元記事にも、書かれていません。
元記事
せかいしそう 高石京子さん連載「おかあさんのミカタ」
2020-04-03
12人産んだ助産師HISAKOさんブログ
2021-11-15
3歳までの育児で脳はほぼ完成してパターンが決まり そこで人生が決まる?”
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青 元記事
「3歳までの子育てが大事で、それまでに母と子の絆を作り、信頼関係をしっかり築いておかないと、大きくなってから心の病に罹ったり、不登校になったり、困ったことになるという意味です」。
赤 12人産んだ助産師HISAKOさんブログ
『3歳までの子育てで
母と子の絆、信頼関係をしっかり築いておけば
子どもは大きくなってからも自己肯定感高めで
心の病や不登校、生きづらさに困ることがない。
そして、絆を作るためには、3歳までは母親は子どものそばにいて、わが子の要求を細やかに感じ取り、応えてあげることが必要だ、という趣旨の説明が続きます。
3歳まではママが子どものそばにいて
彼らの要求をきめ細やかに感じ取り
密に応えてあげることが大切』
どこにも「育て方次第」というニュアンスはありません。したがって、世代にかかわらず、私たち現代人はこの言葉を誤用しているわけです。
『子どもの将来は
あなたの育て方次第で決まるんですよ!』
「脳科学の研究でわかった」というふれ込みのもと、「3歳まで」を皮切りに、「5歳まで」「7歳まで」「9歳まで」にこういう子育てをしたら頭のよい子に育つ、才能のある子に育つ、といったコマーシャルが巷に溢れています。
脳科学という学問によって
明らかにされていることはたくさんあって
こういう子育てをしたら
頭のいい子に育つ!
才能を開花できる子に育つ!
その子の将来的な幸せに直結する!
という類の話は
巷に溢れかえっています。
今、自分が子どもの教育のために使うお金や努力を惜しんだら、取り返しのつかないマイナスポイントがわが子についてしまう、という不安をかき立てるようなストーリーが作られています。
『今、あなたが子どものために
努力を惜しんだら
取り返しのつかないことになりますよ』
まるで、あなたの3歳までの子育てだけが
子どもの将来をすべてを決定してしまう
命綱のような言われ方をすると
不安を掻き立てられてしまいますよね。
科学的手続きは常に不備を含んでいるものであり、得られた結論は限られた条件のもとで成立する証拠にすぎません。
つまり、エビデンスとは、
常に不備を含んでいるものであり
得られた結論は限られた条件のもとで
成立する証拠にすぎません。
また、科学的に反証するデータが出ても、メディアは積極的には取り上げないので、市民が知る機会は限られてしまいます。
また、科学的に反証するデータが出たとしても
メディアは積極的に取り上げなかったり
します。
巷に流れる情報は、政策の成功や企業の利益追求の意図によって色づけられているため、鵜呑みにしないよう気をつける必要があります。
政策の成功や企業の利益追求の意図など
複雑な大人事情のため
色付けされることもあるのかもしれず
人が信じたいように、また信じさせたいように、科学の証拠も積み上げられていくのです。
人が信じたいように、
また信じさせたいように
科学の証拠も積み上げられていくもの
なのかもしれません。
にもかかわらず、私たちが、このことわざを含めて「3歳」という年齢を大切な節目と信じるのはなぜでしょうか。
わたしたちが、
『3歳』という年齢を大切な節目と
信じるのはなぜでしょう。
幼稚園教育は、なぜ3歳から始まるのでしょうか。
幼稚園教育はなぜ
3歳から始まるのでしょうか。
前回に紹介したマーガレット・マーラーをはじめ、乳幼児の観察研究やこころの治療実践を行った研究者が共通して見いだしているのは、生まれた直後は母子一体の世界に生きていた赤ちゃんが、少しずつ「自己」の感覚を育て、歩行や言語の獲得によって物理的・心理的な母子分離を進め、途中で揺り戻しの時期(再接近期)を経て、3歳に達する頃には母親が物理的にはそばにいなくても、一人でいられるようになる(「個」としての自分を獲得する)というプロセスです。
生まれた直後は母子一体の世界に
生きていた赤ちゃんは
歩行や言語の獲得によって
物理的、心理的な母子分離をはじめ、
少しずつ「自分」を確立していきます。
この発達段階になると、たいていの子どもは一定時間主たる養育者(多くはおかあさん)と離れても、不安なときに自分を守ってくれる養育者のイメージを呼び出し、次に出会えるときまで自分をコントロールして待つことが可能になります。
3歳になる頃にはママがそばにいなくても
不安なときに自分を守ってくれる
ママの存在をいつも感じ
自分をコントロールして待つことが
できるようになり
言い換えれば、集団の中での学びが有効になるということです。
集団の中での学びが可能になります。
確かに、「3歳」前後というのは、子どもの発達過程のなかで、一番大きな節目と言ってもよいでしょう。
そう考えると
確かに3歳という年齢は発達過程のなかで
とても大きな節目だと言えます。
たとえば、一つの「丸いコップ」を見るとき、私たちはただそれを視覚情報として同じように受け取るわけではありません。自分がかつて幼い頃、丸いコップを無心になめ廻し、撫で、叩き、握り、それで何かを飲んだ、あらゆる記憶と渾然一体に認識するのだということです。私たちは丸いコップを見たとき、その縁の舌触りや、手に持ったときの温もりや重みを、からだごと体験しています。幼い頃の経験が一人ずつ違うように、「丸いコップ」をどう感じるかも、一人として同じではないのです。
コップを上から見たのと
横から見たのでは
まったく風景が異なるように
どの方向から見るかによって
導き出される結論は
景色を変えてくるのです。
※コップというモチーフだけほかのたとえ話に採用。
つまり、「3歳」に至るまでに、言葉が主な手段になる前に、どれくらい情動的、運動感覚的な生の対象(人やモノ)とのかかわりが持てたかが、その後の生涯にわたって影響をもたらすと考えられるのです。
赤ちゃん時代から3歳の節目までの過程で
どれぐらい人やモノとの関わりが持てたかが
その後の生涯にわたって
影響をもたらすというのが
脳科学でのエビデンスに基づいた考え方です。
いろんな「はじめて」が、
情動的、運動感覚的に
すべて刻まれていきます。
※脳科学でのエビデンスに基づいている、という記述は元記事にはありません。
「三つ子の魂」に刻まれているのは、このような、言葉以前のさまざまな生の体験です。抱っこされたときの温もりや肌触りや聞こえる声色はもちろんですが、「おかあさんの」とは限りません。
だっこされたときの温かさ。
優しく穏やかなトーンで
話しかけられたときの声色。
子どもに関わる周囲の大人の
愛情が加わったときに
さまざまな人に抱き上げられたときの重力からの解放感、ベビーベッドの柵越しに踊る日の光、掴んだ玩具の手触りや匂い、床や土を踏みしめる裸足の感覚、初めてかじったプチトマトの歯ざわりと味、スマホ越しに聞こえる祖父母の声など、心地よいものもよくないものも、すべてが刻まれていくと想像してみて下さい。
風の匂い。
お日さまのまぶしさ。
つかんだおもちゃの手触り。
床や土を踏み締める足裏の感覚。
はじめて食べたおかゆの味。
