”発達に遅れがある子どものママは、周囲にどう関わられたら嬉しいんだろう”←野良母答えてみる | 助産師さんの観察ブログ

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アメブロプロフェッショナルブロガーだった12人産んだ助産師HISAKOさんを観察しています。15人大家族ではありません。なぜかアメブロは閉鎖、ばぶばぶでもブログは更新されなくなったので、主に過去ブログからコピペ疑惑を掘り出しています。

12人産んじゃった助産師さんブログ、お手紙相談に答える回です。

聞かれてませんが、私も勝手に答えてみます。

 

なぜかリブログしても反映されなくて、向こうからこちらは見えない。激しく熱い一人相撲。

相談者さん、同じ疑問をお持ちの方、読んでもなーんかモヤッとした方、みて。この土俵をみて。

相談は定型の子を持つお母さんから。

(こどもの頃、障害のある子を避けた自分に罪悪感がある印象)。

支援センターで見かけた発達に遅れがあると見られるお子さんと、そのお母さんの浮かない様子が気になり、同じ親としてじっとしていられない気もちになった。

障害があるお子さんの親御さんは
周囲からどのようにされると嬉しいのか。
または辛いのか。

また同級生に障害を抱えたお友達がいたとき、
どのようにわが子に伝えていくのがいいのか
アドバイスをいただけたら嬉しいです。

勝手に回答します。八卦良い!

 

しかし待った。

今ひとつ質問の主旨が理解できませんでした。

例えばこんな、自閉症の方のこんな動作はこういうものです、温かく見守ってのような具体的な情報を求められているのかな。

 

でも「障害があるお子さんの親御さん」という前提が幅広く、一般化した回答は無理。

数多ある事例のひとつとして、助産師さんの場合を尋ねただけかな。

 

私は障害を持つ子の保護者としての経験がなく、当事者事例は出せません。

以下はそのへんをうろついている非当事者としての、何の肩書きも持たない野良の母親事例です。

私ならこうするで、仕切り直し。八卦よい。

 

「じっとしていられない気になる」雰囲気の親子を、周りでジロジロみている人、指差してヒソヒソみている人がいたら、その中には加わらず場の空気を潰します。

 

でもその前に、1人の大人をつかまえて「障害がありそうなお子さんをお持ちの親御さんだわ」という目でみている。

その色眼鏡は外します。
 

一対一の人間同士、関わりを持つときには相手の立場や事情を考慮します。触れなくていいことには踏み込まない。考慮すべき事情は情報をもらって対処する。当然。

 

もしお友達になりたいのなら、当たり前の関係を作る一環として、相手と対話します。

 

これ聞いていいかな?ちっちゃいジャブを出して会話を繋げていく。普通。

自分の知らない世界にいる人なら、「私は無知だから失礼だったら教えて欲しい、改める」ことが大前提で。

あなたのお勉強のために私たちはいるわけじゃない。

と拒絶されたら、距離感間違えましたごめんなさい、失礼しましたマジ失礼でしたでそこは終わりです。

 

こども同士を遊ばせるとか、情報が必要なときには

「これ絶対やっちゃダメ言っちゃダメなこととかある?」まっすぐ聞いて、まっすぐお返事もらう。

「おやつ出すけど何かアレルギーある?」と同じ温度です。

別に遊んでくれなくていい、今はほっといて欲しい、と言われたら、それは「今おやついらない」くらいに当たり前の返事です。

また同級生に障害を抱えたお友達がいたとき、
どのようにわが子に伝えていくのがいいのか

これは助産師さんのご意見を聞いてみたかったけど、回答はなかったな。

 

こどもが助産師さんの第7子さんの同級生だったと仮定してみます。相談者さんもその仮定で尋ねていると思うので。

 

私なら、まず自分を守れと伝える。

次に、相手のことを心身両面で攻撃しない。

この二つを絶対に約束。

 

嫌なら逃げる。

愚痴や文句を友だちとつるんで膨らませない。

どうしてもこぼしたくなったら、友人同士では「相手の親の前で言えることだけ言いなさい」。

 

うちに帰って吐き出すのはいくらでも聞いてやる。

学校や相手の親御さんに伝えないといけないことがあれば、ちゃんとお母さんが言う。

だから安心して吐きなさい。

 

でも「あの子の文句言うのが楽しい」人として危ない衝動が生まれそうなら、徹底的に潰す。

じいちゃんばあちゃんの前で言えるか?それ。胸に手を当てて鏡みながら言えることかやってみろ。

言葉はそこまで考えて口にしなさい。
 

お友達とみんな仲良くする必要はないと思っています。

障害のあるなしに関わらず、馬が合わない人は絶対いるもんです。

仲良くしなくていい。でも嫌わない努力は必要。

嫌ってしまうその感情は仕方ないけど、育てず枯れるのを待つテクニックは有用。

 

相手のために何ができるか?

「私はあなたを救うことができる」と、思わないこと。

自分の無力を知ること。

 

自分や自分のこどもが、良心に従い、心の中の大事な誰かを裏切らず人との関係を築くこと。

 

無力な野良の母親にできるのは、これだけです。

 

実際にその立場になったら、ブリブリ文句言い始めるのかもしれないけど。

非当事者の時に「こう考えていた」経験は、自分を軸に戻す力になると思います。

他人事と思わず考えることが、大事なのだと思います。