お参りに考える人間の行動心理
今日は、箱根にある九頭龍神社に
お参りにいってきた。
何でも仕事面での祈願成就に効果があるとかないとか。
友達に誘われたので、よく知らないままついていった。
今までは、
人並みの信仰心で、
毎日神に祈ったり、
行動を制約したりしないものの、
そういった場所に行けば、
周りの人と同じく、
頭を下げて、
お賽銭をして、
心の中に願い事を挙げては、
その成就を神様に願っていたものだった。
今回も同じく、
お祓いの経(?)が読まれている間、
周りの人が頭を下げているので、
自分もあわせて頭を下げてみたものの、
なんだか馬鹿らしくなってきてやめてしまった。。。
神様にお祈りするという行為が非常に非科学的かつ、
論理的でないことに思えたのだ。
なにも、神様の存在を否定しているわけでもなく、
宗教や信仰心の価値をけなしているわけでもない。
神様という超自然的なものの力の存在を信じ、
それに対する加護が受けられると思い込むことが、
プラシーボ効果のように、その後の人の行為に
プラスに働くのであれば、それはいいことだと思う。
ただ、何でもかんでも超自然的なものにその結果の
要因をおしつけていてはその人自身の成長には
つながらない。
失敗した時に、その結果は運が悪かったから、
神様へのお参りが足りなかったから、ということにして、
本当の要因を探らなければ、また同じ失敗を繰り返すことに
なる。
結果はそのプロセスにある1つ1つの行為に
原因を追及することができると僕は思う。
逆に言えば、そのプロセスの中の1つ1つの行為に
自信が持てれば、結果は必然的についてくるものだから、
超自然的なものに頼らなくて済むのだと思う。
ばちあたりな考え方かな。。
お参りの人は大半が女性だったのだけれども、
それも興味深かった。
女性は占いとか好きだよね。
なんでそうなんだろう???
何かのヒントになるかなぁ。