紫や、さいきん近所の子どもが閻魔様に叱られるといって怖がっていて、何とかしてほしいと相談を受けたよ。
なんでも、コックリさんをしていたら閻魔様が呼び出されたそうだ。閻魔様は帰らないで悪いことをした子を叱ったりむちでぶったりしているそうだ。
へえ、コックリさんでずいぶん大物を呼び出したんですねえ。でも、それは本物の閻魔様ですかね。
俺もそう思うよ、閻魔様に会ったことがあるが、普通のスーツを着てそこいらの人と変わりはなかったよ。
紫は先生が閻魔様と会ったことがあると聞いて驚いたが、小説家ならばそういうこともあるだろう。
しかし、閻魔様の管轄はあの世だろうから、この世の子どものいたずらにかまっているひまはないはずだ。
キツネかタヌキが閻魔様に化けていたずらをしているんじゃないかと思うんだ。
それであっしに調べてほしいということですね。お安い御用です、きっとキツネかタヌキの仕業でしょう。
そういうわけで、紫は道端で遊んでいる子どもに声をかけた。ここいらに閻魔様が出るって聞いたんだが、誰か知らないかね。
すると、いたずらそうな男の子が言う。そうなんだ、あれはどう見ても閻魔様だった。
ぼくたちがいたずらをしたことをあばいて、叱って鞭を振り上げたんだ。こわかったよ。
いかにも閻魔様の格好をしているところから怪しい、やはり狐狸の類だろう。
その閻魔様に会うにはどうすればいいのかな?
そんなのかんたんさ、こうやってと、男の子は隣にいる子の耳を引っ張った。
引っ張られた子が泣くより早く、その場に閻魔様が現れた。こら、何もしない子の耳を引っ張ってはいかん。
鞭を振り上げたが、紫の姿を見ると、大人がついていながら何をしていると矛先を変えた。
すんでのところで鞭をかわした紫だが、男の冷たい目つきにぞっとした。
こいつはキツネやタヌキではない、もっと強力な死霊だ。とても自分の力ではかなわない。
で、逃げ帰ってきたんだね、と先生。
へえ、面目ない。でも、あれはおそろしく古い死霊です。しかも日本人ではない、おそらく中国人かと。
どういういきさつで出現したのかわかりませんが、これは先生の力を借りなければなりません。
紫でもかなわないとなると、考えなくてはならない。しかし、正体のわからない死霊に対抗できるのだろうか?
さて、先生は学校の終わる時間に外に出てみた。すると、閻魔様のような格好の男が子どもを追いかけているのに出会った。
先生は男の袖をつかみ、おやめなさいと声をかけた。男はふりむき、なんだお前はと声を荒げた。
いったいこの子が何をしたんです、大人げない。
この子は道端で立小便をしたんだ。軽犯罪法違反である。
お役人、この子は法律が適用できる年齢に達していません。年端もいかぬものを監督するのは教師の役目です。
どうぞお引き取りください。
役人はていねいな扱いを受けて多少機嫌が直ったようだ。ふむ、そなたは話が分かるとみえる。
どうして私が役人だと分かった。
私は小説家です、あなた様の服装と言動から推測しました。間違ってはいないようですね。
そなたは文人か、なら少しは物がわかるようだな。この子たちは人を呼び出しておいてほったらかしにした。
だから、法律に則って仕事をしたまでだ。
先生は懐から用意しておいた巻物を取り出した。掛け軸のように表装されているが、絵のあるべき場所は白紙である。
ここにあなた様にぴったりの席を用意しております。どうぞこちらでゆっくりお休みください。
おお、これは居心地の良さそうな空間である。子どもたちを叱り過ぎてちと疲れたところだ。
遠慮なく休ませてもらうぞ。男はそう言うと白紙の中に入ってしまった。
とたんに掛け軸の中に男の姿が絵となって浮かび上がった。先生はにんまりとした。
掛け軸をかかえ、胡椒堂へ向かった。
その掛け軸を胡椒堂に売りつけたんですか、紫はあきれ顔である。
そうだよ、危ない役人を野放しにできないからね。
何と言って売りつけたんです、まさか閻魔様とでも。
いや、鐘馗様ということにした。胡椒堂はひげが貧弱だとか目が小さいといって難癖つけたが、古いものだと分かったようだ。
買い取ってくれたよ。
やれやれ、人身売買ならぬ霊身売買ですな。死霊も自分が売り飛ばされるとは思っていなかったでしょう。
しかし、わからないのはどうして子どもたちが昔の役人を呼び出せたんでしょう。
かんたんなことだよ、コックリさんコックリさんと言っているうちになまったのだろう。
彼は法律関係の酷吏だよ。