長男が戦死したものだから、糸へんの工場主の妻は気が変になった。
嫁に当たり散らし、息子が帰ってきたと言っては家の中を徘徊した。
嫁は幼子をかかえていたものだから、義母の暴言に耐えた。嫁は18になったばかりだった。
工場主は里に帰るように勧めた。あなたはまだ若い、再婚を考えてはどうか。
子どもはこちらで引き取る、子どもがいては再婚の妨げになろう。
嫁は泣く泣く家を出た。
嫁のためを思ってのことだったが、悪く言うものがあった。
曰く、恩給を独り占めするために嫁を離縁した。人でなし、子どもを産んだらお払い箱だと。
幸い次男が復員してきたので、後継者の心配はなかった。
母は寝たり起きたり、半病人だった。父は無口に働いた。使用人もそのままだったが、長男夫婦だけがいなかった。
幼子は母を求めて泣いた。女中があやしても泣きやまなかった。
ある日、使用人がうろたえた様子で駆け込んできた。
息子が帰ってきたという。たしかに、戦死したはずの息子がそこにいた。
両親は大喜びだった。だが、嫁はそこにはいない。
嫁を出されたと知った時の彼の気持ちは想像に余りある。