どーも、おじさんです。


先日の

逆のことを

書きたくなりました。


内容見ると

逆でもないかも

知れません。


嫌われ者の

おじさんに

嫌われる人は

います。


ダサい人に

ダサいと言われたら

逆にオシャレなのでは理論

が成り立ちそうなので

少し虚しいですが。


まず

分かりそうで

分からない

実は抽象的な

平和主義者

が嫌いです。


「私に関わってくれた

全ての人が

幸せでありますように」

的なやつ。


あと実際お世話になったのかも

よくわかっていないのに

とりあえず 

「ありがとうございます」

を繰り返すやつ。


感謝をする

感謝を伝える

は素敵だと

思います。


なら

直接ひとりひとりに

言いなさいよ

と思うんです。


ひとりひとりに

伝えられない規模の

人間関係ならば

果たしてそれは

本当に携わって

いるのか

甚だ疑問です。


あとは

そういうことを

書くのに

なぜか

正義感と

厨二病感が

入り交じったような

自分の力自慢や

功績みたいなのを

さりげなく

かますやつ。


こういうタイプは大抵

「こう見えて…」やら

「こんな自分ですが…」やら

あたかも

優しい人

弱い人

力のない人

のように

「見えてるんでしょ?」

という導入から

入るから

何を言いたいのか

全く分かりません。


強さのアピール?

優しさのアピール?

ギャップのアピール?

それとも全部?


しかもおじさんくらいの

年齢にもなって

まだそんなことを

「言ってしまっている」

という自覚が

ないことないこと。


喧嘩でもしたいのでしょうか。

いい歳こいたおじさんが?

しかも拳を交えるような?

そんなもん

本当に暴漢にでも

襲われてしまった時に

出せば良い力なわけで

わざわざ誇示する必要

ないと

おじさんは思うのです。


あとは

至って冷静ですよ感

を装うやつ。


厨二病とやや被りますが

アクシデントや

ハプニングまで

言い方は色々と

ありますが

要は

自分に降り注いだ

不幸と呼べるものを

「こんなの不幸のうちに

入らないんでへっちゃらですね」

みたいな強がり。


あれいらないですね。


キャラクターが

それぞれあるとして

そこの需要って

見たことないです。


なんていうか

全体的に

イタイかなと。


結局そういう

万人受けするのって

こんな感じでしょ?

という下心が

むしろ塊として

表に出てるのが

分かってないのかな

と少し

心配になります。


まぁおじさんも

マウントおじさん

であることは

前回言った通りで

かなりイタイんだろう

とは

少し思いますよ。


でもごめんなさい

本当にそういうことを

言っている方ほどは

イタくないと

思います。



おじさん自身

狭い狭いコミュニティの中で

本当に優しい人

はいます。


そういう人は

自己犠牲が一旦

伴ったとしても

最後はみんなで

良かったね

と言える状況を

作り上げられる

そんな人です。


だから

強い

とかじゃないんです。


最近ね、

間違いかも

しれないですが

こういう「中立顔」を

した人が増えたことで

闇が生まれてるんだろうな

と思ってるんです。


そもそも平和や幸せは

それぞれの感覚の問題です。

中立なんて

本当は存在しません。

だから多数決は好きだし

どちらでもない自分を

作り上げることで

薄っぺらい正義という名の

盾のうしろから

石を投げられるんです。



とある方をイメージして

書きました。 

あ、念の為ですが

芸能人では

ありませんよ。


この話題は

書いても書いても

終わりません。

そして

ここに書くこと自体が

その人と

同じレベルなのも

どこかで理解してます。


まぁでも

関わらないで

いられそうなので

問題はないんですけどね

どうしても

書きたくなって

書きました。


これを直接言えよってね。


おわり。