銀鈴映画館物語 | ひまわりのブログ

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人 物 

銀鈴華子(21)女子大生

九条一樹(21)大学生

銀鈴竜司(50)父

銀鈴君江(48)

 

〇銀鈴映画館・外観(朝)

         京都市東山にある二階建てレンガ造りの映画館。看板に「銀鈴映画館」と描かれている。壁には「映写技師募集、

         経不問」という募集のビラ。手前に見える八坂神社に一礼し、ビラを剥がして九条一樹(21)と映画館正面玄関に

         つ銀鈴華子(21)。

T・一九六十年(昭和三十五年)二月月三日。

華子「一樹、おかあはんに挨拶どすえ」

九条「ほんまにうもういくかな」

   両手の人差し指を突く九条。

華子「おかあはんはうちの味方や」

   九条の背中を叩く華子。

華子「八坂さんに願掛けしたから、うもういくわ」

 

〇同映画館・中(朝)

   同映画館の赤いフロアでモップ掛けをしている銀鈴君江(48)。九条の右腕を引っ張り館内に入る華子。華子の陰

         に隠れる九条。

君江「華子、こないに早うに来るなんてどないしたん。大学は?」

華子「大学はお休みや。おかあはんに紹介したい人がいるんや」

君江「紹介したい人って?」

   顔色を変えてモップの手を休める君江。華子の陰から姿を現す九条。

九条「はじめまして。九条一樹と申します」

華子「一樹さんとは、京大の映画サークルで知りおうたんや」

君江「あんたはんは京女でっしゃろう」

華子「うちが京大のサークルに入っとるん」

君江「そないこと、初耳ですえ」

華子「うちな、卒業したら一樹さんと結婚するつもりや」

君江「ほんまですか、九条はん」

九条「ええ、まあ、そうですわ」

君江「九条はん、うちの娘は京女を出て、教師にするつもりですわ」

華子「うちはこの映画館が好きや。一樹さんもうちんとこの映写技師になりたいんや」

   モップを投げ出し、顔を両手で覆う君江。

君江「あんたはんを映画館のもぎりにするたに大学に行かしたわけじゃないえ」

華子「うちは決めたんや」

君江「この親不孝者!」

   床の上で泣き崩れる君江。

華子「おとうはんのところにも一樹を連れて行くわ」

君江「勝手にしなはれ」

 

〇映写室・中(朝)

   二階の映写室に向かう華子と九条。35ミリフィムを映写機で写している銀鈴竜司(50)。スクリーンにはジェーム

        ズ・ディーンの泣き顔のアップ。

華子「おとうはん、映写技師の見習いを連れてきたわ」

   映写室の机の上に募集のビラをドンと置く華子。

銀鈴「昼の上映の点検中だから手が離せん」

華子「大好物の卵サンドとコーヒーをこうてきたわ」

   グーッとおなかの音がなる銀鈴。

銀鈴「もしかしてチロルの卵サンドか?」

   サンドイッチの入った袋を開けて銀鈴に見せびらかす華子。コーヒーの入った紙コップの蓋も開ける華子。

華子「ふわふわの出し巻き卵とコーヒーの香りよ」

   コホンと咳払いをする銀鈴。

銀鈴「せっかくだから休憩にするか」

   卵サンドとコーヒーを小さなテーブルに置く華子。卵サンドを頬張る銀鈴。

華子「どう美味しいでしょう」

   あっという間に卵サンドとコーヒーを平らげる銀鈴。

銀鈴「うまかった」

   映写機を回そうとする銀鈴の手を押さえる華子。

華子「おとうはん、映写技師希望の九条はんよ」

   頭をペコっと下げる九条。

九条「九条一樹です。よろしゅうお願いします」

銀鈴「あんたはん、年いくつや?」

九条「二十一歳です」

銀鈴「華子と同い年か。何をしちょる?」

九条「大学生です。映画好きが嵩じて映画サークルで自主映画を作っちょります」

銀鈴「なんや素人か」

九条「映画のことなら誰にも負けしません」

銀鈴「映写技師ちゅうもんは、大学生の遊びじゃないぞ」

九条「わかっちょります」

銀鈴「映写室は夏場は40度を超えるし、冬場はコンクリートの床で底冷えするんじゃ」

九条「それぐらい何とも思いません」

銀鈴「上映中はトイレにもいけんぞ」

九条「それぐらい何とかなります」

銀鈴「ほんまに我慢できるんか?」

九条「我慢できます」

銀鈴「どこから自信が湧いてくるんじゃ」

九条「さあ、どこからでっしゃろう」

銀鈴「あんたはん、学生運動は?」

九条「しちょりません」

銀鈴「ほんまか?学生運動をしちょって、就職できないからうちにきたのか」

九条「そんなことあらしません」

銀鈴「明日から授業が終わったら、ここにきはったらええ。鍛えちゃるわ」

九条「おおきに」

銀鈴「礼は言わんでええ。使えるかどうか試してみるだけじゃからな」

華子「おとうはん、おおきに」

銀鈴「今日は『エデンの東』の初上映じゃ。仕事の邪魔だから出て行ってくれ」

九条「明日からよろしゅうおたの申します」

   映写室を出る華子と九条。

 

〇同映画館・中(朝)

   一階に降りる華子と九条。映画のチケット売り場の椅子に座り、手提げ金庫を開けて釣銭の準備をしている君江。金

         庫の横には、商売繁盛のお福人形が赤い座布団に座ってる。その横には黒電話。

君江「釣銭はこれで十分」

        お福人形に向かって手を合せる君江。

君江「どうか『エデンの東』の初上映が満員御礼になりますように」

   君江の小さな背中を見つめる華子。九条の右腕を引っ張り、チケット売り場まで向かう君江。

華子「おかあはん、さっきは言い過ぎたわ。すんまへん」

君江「あんたはんは、ほんまにへんこで、うちの言うことなど聞きしまへん」

華子「へんこは、おかあはん譲りですえ」

君江「うちはな、学校に行けへんかったら苦労したんどす」

華子「何べんも聞いたわ」

君江「あんたはんだけは、大学を出て、学校の先生にしたかったんえ」

華子「うちは先生なんぞになりとうないわ」

君江「あんたはんにうちと同じ苦労をさせとうないわ」

華子「うちは、おかあはんの背中を見て育ったんえ。おかあはんの子じゃ」

君江「お商売を甘く見てはいかん」

         黒電話がけたたましい音で鳴りだす。

電話の声「銀鈴映画館さん、先月末の配給会社への支払いを早急にして下さい」

君江「えろう、すんまへん。明日、振り込みます」

   受話器を右手にしたまま頭を下げる君江。黒電話がプチっと切れる。お福人形を手の平に載せる君江。

君江「九条はん、大卒の初任給はいくらでっしゃろう」

九条「大卒の初任給は二万円ほどです」

君江「うちらが二万円稼ぐのに一枚百五十円の映画チケットをなんぼ売ればいいでっしゃろう」

九条「百三十枚ほどかと」

君江「銀鈴映画館の客席は、五十席しかありゃしません。満員になっても、雑費を差し引くと、儲けはスズメの涙ですえ」

九条「中小企業はみなそうでっしゃろう」

   お福人形を元の場所に戻す君江。

君江「映画は当たり外れがありまっしゃろう」

九条「まあそうですね」

君江「公立の先生やったら安定しておりまっしゃろう」

九条「おっしゃることはわかりますが…」

華子「おかあはん、うちら二人に映画館を任せてくれまへんか」

君江「あんたはん、気でも触れましたか」

華子「うち、若者を呼び込むのに軽食やコーラを置きたいんや。映画グッツも」

君江「あきまへん、元手がかかります」

華子「コーラは自動販売機、軽食屋はテナントを入れて、映画グッツ付きの前売り券を売るんや。モギリも大学生のバイト

    で」

九条「映写機も最新式のものを借りる算段はできとります」

君江「そこまで考えてくれてはるのか」

   小さな肩を震わせ、うれし涙で目頭を押さえる君江。階下に降りてきて三人の話を頷きながら、目を細めて聞いてい

    る銀鈴。

華子「おかあはん、心配せんと、うちらに任せといて。銀鈴映画館を生まれ変わらせてみせるわ」

   笑顔で胸をドンと叩いて見せる華子。