●奥州大紀行10 竜飛岬、吉田松陰の詩碑より蝦夷を望む | きょうのもののふフォト列伝 ー古戦場 城 もののふ 旅ー

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熱く 燃えて 散って 逝った 我ら祖先のもののふ達 その懸命な生きざま姿を追う旅を続けています。

竜飛岬だぁ! 来たぁ!

と、のんきなこと書こうとしている私なれど。

 

それにしてもハヤブサ帰還の話、すごいなぁ、すごい!

 

そして、コロナ患者と懸命にたたかう医療関係者の話、ただただ頭が下がる。

 

 

 

♫~ご覧あれが 竜飛岬 北のはずれと  

                     見知らぬ人が 指をさす~♫

 

「津軽海峡冬景色」の碑。

彼方に北海道が。

人影少なく、天気晴朗、風つよし。

ちょちょっと、石川さゆりとデュエットしてみたが、声が、声がもう出ず。

 

でもなんとうまい仕掛けだろうか。

こうして石川さゆりの歌を聞きながら津軽海峡を望めるなんて!

 

あちこちに立つ竜飛岬の標柱を見ながら高台へ。

だが!

ここ、ここだ。

吉田松陰の詩碑が立つ高台

これが見たかった。

松陰の燃える魂のようなモニュメントか!

 

松陰の詩が刻まれているが、これは…。

難しい…。

 以下のように刻まれているという。 

  去年今日發巴城  楊柳風暖馬蹄軽  今年北地更踏雪
  寒澤卅里路難行  行盡山河萬夷險  欲臨滄溟叱長鯨
  時平男兒空抗概  誰追飛將青史名


これは難しいというより、なんだこれは、全く読めない! 

松陰はこのとき23歳、23歳にしてこんな漢詩をつくったというのか!

このころの松陰は、松下村塾で教鞭をとる前、まだ全く無名のころ。

日本の国情を憂えてる、嘆いている詩という。

すごいなぁ!呆れる!

 

巴城=萩 夷=蝦夷 長鯨=異国? 抗概=悔しい?

飛将=勇敢な将 義経? 青史=歴史

 

……雪の津軽半島で難行の山河越えで、北海道を見た。(竜飛岬までは来てないらしい)

海峡に往来する外国船を見てこんなことでいいのかと嘆く。

義経?のようなこの歴史・事態を変えていく武将・人物よ、だれか!……

 

などと、いいかげんな訳を…。

 

周知のごとく後に松陰は、弟子の金子重之輔とともに、伊豆下田にてペリーの黒船への密航を企てる。

この勇者の行動力には今も昔も魅了される。

そしてつくづく思う。

もし、ペリーが松陰をアメリカへ連れて行ってくれたら、もし!

 

伊豆下田に立つ松陰像。

若き勇者のなんといい表情か。

松陰が眠る東京・世田谷神社の松陰像。

これもまた聡明な顔立ち。

萩の松陰。

左・高杉晋作、右・久坂玄瑞。

これはいささか老けてるが、二人の師匠だから。

松陰の全国に残した足跡の史跡も多い。

残念ながら我が信州には来ていないが、長野市松代の、松陰の師・佐久間象山を祀る象山神社に胸像が立っている。

あちこちで出会った松陰さんを思い出す。

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