人がドタキャンする理由は
「利益が損失を上回ったから」だ。
それは今起こったとは限らない
不快が積もり積もって蓄積し
然るべきときにドタキャンが発動する。
運転免許試験の減点方式
センター試験
デートとそのあと
面接からの採用通知
と同じ。
結論はある時点で出てるし
やりとりから予定執行までの間に
減点方式で採点されている。
合格なら実行、不合格ならキャンセル、
と考えるといい。
なぜいつも土壇場なのか、急なキャンセルなのか
それは、もっと前もって言うと
グダグダ揉めるのが目に見えてるからだ。
だから最後の最後で伝える。
最後の最後で突然言われると
「何でここまちがってんの?」とか揉める場合がある
だからそれができないように
試験が終わって帰ってから
その最後のタイミングで言うのが最適なんだ。
予定のキャンセルが
いつも急なのもあなたがそうさせてると言える。
前もってキャンセルを伝えると
「え?なんで?」
「じゃぁこの日は?」
とか代替案を出してきて相手するのがめんどくさい
「どの日でもおまえとは会えないんだよ」が本音。
だからさらなるグダリを防止するために
キャンセルはいつも急なんだ。
減点方式は試験が始まった時点からスタートしている。
そこでグダるごとに減点され
一定のラインを超えると
不合格は確定。だが試験は一応最後までやる。
で最後の採点のときに不合格通知をだす。
それと同じだ。
デートの最中にミスしまくると
「この後はないな」と彼女の中ではもう決まってる
だから店を出てからどうあがいても無理なものは無理なのだ。
もう不合格は確定しているから。
ラインやりとりの時点で色々ストレスを与えてしまうと
「2週間後の予定は多分行かないな」ともう心に決めてる。
直前に急に時間が空こうが
”急に仕事が入る”ことになる。
あなたが「だいぶ前に」そうさせてしまっているのだ。
ただ、それは頭がいい人が
頭が悪い人に対してドタキャンする場合の話。
上の立場のものが、下の立場の人に対して
テストしている、ということだ。
ドタキャンするされるには二通りあって、
Aするほうが「まともな人」の場合と
Bするほうが「愚かで頭が悪い」場合。
上の理由はAである。
まともな人が、愚かな人にたいする最適解なわけだ。
はじめは会う気があった(といっても会ってもいいかな程度)が
相手が私のことを何も考えてない
無神経で待たせたりイライラさせたり
ストレスを受け続けてたまっていく
だから会う気がどんどん減って減点の蓄積の結果だ。
逆に「愚かな人」がドタキャンする場合は
そこに理由などない。
愚かな人は先がみえてないし
自分以外が見えてない。
めんどくさいとか、気分とか、
今この瞬間の自分のことしか考えてないので
相手はそれに振り回されるばかりだ。
よく言い換えると「自分に素直」で「いい意味で人間臭い」のだが
今回は悪いニュアンスで伝えたいので
「自分のことしか考えてなくて人に迷惑かけてもお構いなし」
といっておこう。
愚かな人目線で見ると
何で急にキレるの??と動揺するが
「原因はお前にある」としか言いようがない
おまえが相手にストレスを与え続けて
相手が遂に「我慢の限界に達した」
それだけの話しだ。
これまでストレスを与えてたなんて
微塵も思ってなかったに違いない。
行きたくない、うざい、旦那が無視する、会話がない
話したくない、仕事したくない、
挨拶したくない、遅刻する、仕事が遅い
最近の若い者はすぐ辞める、
それは全部「あなた(相手/会社)が原因」なのである。
「あなたが私をそうさせてる」のである。
誰も好き好んで遅刻しようと思ってない。
おまえが嫌だから躊躇して遅刻するのだ。
誰も好きで無視してるわけじゃない
おまえと話すといつもつまんなくて不愉快な思いをしてるから
極力嫌いにならないような最適の行動をとってるだけだ
誰も好き好んで挨拶をしないわけではない
お前に挨拶しても無視されたりして
不快な思いをしたからストレス回避のためにしなくなったのだ
他の人にはちゃんとするさ。
誰も好きで仕事したくないわけではない
はじめはやる気あったけど
俺のやる仕事に対してお前がいちいちイチャモンつけるから
あれやってもこれやっても文句言うから、
仕事したくなくなるんだ、やるきなくなって当然だ。
おまえの態度が「めんどくせーな」って気にさせてんだ
誰も宿題をしないと言ってるわけではない
お前がしなさい!って「命令するから」
それに従うと「自主的な宿題」でなく「やらされる宿題」になる
だからやる気が無くなるんだ。
やらされをしたい人なんて誰もいない。
お前の一言が元々あったやるきを亡くさせたんだ。
どれも言い訳に聞こえるかもしれないが
「あなたがそうさせている」んだ。
相手のストレスになる行動がなければ
そうはならなかったはずだ。
その流れでいうと
極論「DVもあなたがそうさせてる」可能性がある。
妻に言葉攻撃に対して旦那がずっと我慢しててもう限界。
それでも毎日毎日四六時中、妻が言葉で攻撃してくる
そうなると言葉の精神攻撃を辞めさせるには別の方法、
つまり物理・暴力に頼るしかなくなる。
(もちろんそうでないケースもある)
二人の関係は二人で一つ。
今の関係は、相手の反応に対して、自分が反応している。
(どっちが先でもいい)
話がそれたので戻すと、
「小言を言う」から相手は「やる気を無くす」。
「ストレスを感じる」から「その気がなくなる」のである。
当たり前の話ではあるが。
ストレスがなければ勝手に(自発的に)やるし
気持ちよければ また繰り返す のである(行動分析学)
人の行動は「快楽の獲得」と「苦痛の回避」しかない。
やってほしいなら希望だけ伝えておけばいい。
「片付けてほしいな」「仕事してほしいな」
後のやるやらないは相手が決めることだ。
相手のこちらへの好感度で決まる。
好きな人、いいやつ、のためなら
助けてあげたいと思うのが人情だ。
誰だってそう思う。
逆に言うと
助けたいと思わないってことは
あなたのことが嫌いなのだ。
ニュートラルでも助けたいとなるはずだ。
だから「もしも君のことが嫌いじゃない」なら
「希望だけ伝えておけば勝手にやってくれる」
「嫌い」なら「希望を伝えても動かない」だろう。
「勝手にやってくれない」ってことは
「君のことが嫌い」なんだ。
だから
自発的に行動してもらうには好感度が重要となる。
人に嫌われない、人に好かれる、
これは非常に重要な要素だ。
判断を相手に委ねる任せるのだから
だから「”必ず”やってほしい」とか
完璧を求めるのはおこがましいということだ。
相手はあなたの道具ではない。
やるかやらないかは相手の自由だ。
小言を言った(命令した)時点で
可能性はそこで終わってしまう。
「こいつ嫌い」となるからだ。
嫌いになれば動いてもらうには命令するしかなくなる。
それは自発的ではない。
だから絶対に命令してはいけない。
期待もしてはいけない
道具として一度でも命令に従ったら
「主人と道具の関係」が成立してしまうからだ。
一度関係が成立すると
二人の関係が別の関係に変わることはない(一貫性の法則)
そうなると二度と自発的にやることはないだろう。
自分の発言や行動が
相手にどうさせてしまっているか
よく見てみると新たな発見があるかもしれない。